アメリカ軍が支配する日本国,その実例「赤坂プレスセンター&ヘリポート」
1 ここに『永久属国論-憲法・サンフランシスコ平和条約・日米安保の本質-』さくら舎,2017年9月と題した本がある
山田 順のこの本は,21世紀の現段階になっても依然,アメリカ軍が実質的に支配する日本の国際政治実態を「永久属国」と名づけ,論及じていた。以下にこの本の表紙・カバーを紹介しておき,この体裁や雰囲気などを感じとってもらえる一助にしたい。
敗戦後間もないころであったが,昭和天皇は1945年9月27日,アメリカ駐日大使館をみずから出向き,ダグラス・マッカーサー元帥を訪問した。そのとき,アメリカ側のカメラマンが撮影した有名な写真が,この山田 順の本の表紙・カバーに利用されている。
さらに「対米日本属国」性をより具体的に解明した本としては,たとえば吉田敏浩『「日米合同委員会」の研究-謎の権力構造の正体に迫る-』創元社,2016年12月という本がある。この吉田の著作は,「日本政府の上に君臨し,軍事も外交も司法までも日本の主権を侵害する取り決めを交わす “影の政府” の実態とは?」と直裁に指摘し,議論している。
以上のごとき「敗戦後史としての日本永久属国論」を論じた著書たちは,一部の専門家・研究者の立場からした単に思いつきの発想でもって,米日服属・上下関係「論」をとりあげたのでは,けっしてない。彼らの著作は実際に,日本がどれほど「アメリカの子分・三下・舎弟になりはてている」かという真相を,一般的な国民意識の次元では,ふだん,とうていしりうるはずもない「事実」「実態」「実情」としてとりあげ,読み安い一般教養書のかたちをもって,公表している。
つまり,誰でも,前段に上げた本(類書はまだたくさん,いくらでも公刊されているが)などを一読すれば,たいした困難もなく,ただちに「この国の対米従属の実相」が理解できるはずである。アメリカ軍がそのような国際政治関係のもとに「実質支配されている日本国」を,ある意味で非常にわかりやすく説明するものが,「赤坂プレスセンター&ヘリポート」という在日米軍関連施設である。 補足説明)244(右側)頁の9行目に赤坂プレスセンターの名が出ている。
長嶋茂雄風にいうと「日本はアメリカの属国として永久に不滅です」!
なお,本稿の要点はとりあえず,つぎの3点に整理できる。
要点:1 日本国はアメリカ合衆国の属国
要点:2 ワシントンハイツの残影
要点:3 アメリカ→横田基地→麻布ヘリポート(赤坂プレスセンター)というアメリカ(軍)専用の空路:専用回廊
2 秋尾沙戸子『ワシントンハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』2009年という本に関連させて始める議論
a) この秋尾沙戸子『ワシントンハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』という書名の本は,2009年7月に新潮社から発売されていた。このワシントンハイツについて,少し説明しておきたい。
敗戦後に急造成されたワシントンハイツ地域は,すぐそばに明治神宮が位置していた。明治神宮敷地のその南側に接する代々木公園全体を占拠していたのが,この「アメリカ軍関係者の住宅群」であった。現在あるNHK・国立代々木競技場も含めて,渋谷区役所の北側まで広がっていた。
以上の簡単な言及ではまだよくわかりにくいので,たまたま,「渋谷にあったアメリカ:ワシントン・ハイツの地図を再現してみた」という題名をかかげる「ブログの記述」がみつけたので,これを説明の不足を補うために紹介しておくことにした。
リンク先住所はこれ ⇒ https://note.com/shinichi_takei/n/nb6072f10415f
なお前後して全体の記述は,「赤坂プレスセンター〈返還予定地〉」という「表現もなされてきた」事実を踏まえて読んでほしい内容である。
b) ここで赤坂プレスセンターとこの周辺の風景を航空写真などによって眺めておきたい。
補記)東京都内の1等地に居座る米軍関連施設「赤坂プレスセンター」
上の『ツイッター』(『X』)の画像を,もう少し地理的に分かりやすく理解するための資料として,つぎの東京都港区のホームページに準備されている地図を紹介しておきたい。
補記)この地図は,次段で参照する東京都港区ホームページ内の文章部分--港区の米軍基地 (リーフレット)--から引用した「港区内の関連地域地図」である。赤坂プレスセンターと ニューサンノー米軍センターの位置を表示している。
つぎの画像は,前段の『ツイッター』(『X』)がかかげていた3点の画像の合成からなる「全体画像」のうち,その右側下の画像について,これをさらに拡大した写真を,つぎに出しておく。これだと,東京都全体のなかで眺望できる位置関係のなかで,赤坂プレスセンターの場所がよりよく理解できる。
補記)東京都西北部(上部)から南西部(下部)にかけての眺望 赤枠内が赤坂プレスセンターの諸施設
さらに,下のこの写真では,右下の方向(時計でより正確にいうと午後4時の角度)がほぼ南向きとなるが,六本木ヒルズも写っていて,左側には赤坂プレスセンターとヘリポート,この関連のビルなどがみえる。
補記)赤坂プレスセンター付近の眺望
さて,アメリカ大使館(東京都港区六本木2丁目)から西方約 1.7キロメートルの地点に位置した「ごく小さな米軍基地」として,「アメリカ軍専用のヘリポート」がある。このヘリポートが一般的な名称として「赤坂プレスセンター」と呼ばれている施設・建物のすぐそばにある。
ここまでの記述ですでに,その赤坂プレスセンターの地理的な位置関係と関連する施設の状況は,だいたい把握してもらえたものと思う。
c) 港区のこのホームページは「区内にある米軍基地等の要請行動」という題目をかかげ,つぎのように書き出している。
補記)「東京都港区内にある米軍基地等の要請行動」
この東京都港区は「ヘリポート基地の早期撤去を求め,国,東京都,米国に対して要請行動を行っています」と解説している。上段に参照したホームページは,その要請行動についても「平成16〔2004〕年度」からその行動を実施してきた「毎年度」の「回数とその日付け」を一覧にしている。
港区がその要請行動をおこなってきた年度ごとの回数は,2004年度からの「その回数のみ」紹介してみると,最低でも年度に1回,平均的には3回くらいは必らずその要請行動をおこなっている。なかでも多い年度になると6回も実施している。しかし,この港区の「ヘリポート基地の早期撤去を求め」て「国,東京都,米国に対して要請行動を行ってい」る効果は,いままでいっさい上げられなかった。
参照した「港区によるその要請行動」は,2004年度以前にもなされていたはずだから,在日米軍が東京都の特定の一区が要望している「赤坂プレスセンター」などからの撤退要請は,現在までのごとき「米日服属・上下関係」が維持されていくかぎり,永久に実現するみこみがもてない。
この「赤坂プレスセンター」の問題は当然,この問題は港区の次元から東京都の話題にもち上げられているはずだが,港区の要望も都のそれと同様に,あるいはそれ以前に,米軍からはまともに相手にされていなかった。
d)「沖縄・普天間だけじゃない 東京にも残る『米軍基地問題』」『YAHOO!JAPAN ニュース』2015/8/9(日) 14:45配信,https://news.yahoo.co.jp/articles/e7ad34d190a100a022a841abaec17cd23518ea7e?page=2(元記事は『THE PAGE』)は,東京都の関係でこの赤坂プレスセンターについて,こう報道していた。この記事画面からは,2頁目だけを以下に引用する。
ところで,さきにかかげた『ツイッター』資料は,ともかく,「赤坂プレスセンターはまさに,首都東京のど真ん中にある『米軍基地』だ。ここで事故が多発したら冗談抜きにして洒落にならないよ」と嘆いていた。
e)「赤坂プレスセンター」と称する米軍用地内にあるヘリポートは,アメリカ政府・軍部関係者は,在日米軍空軍基地からここを経由して,日本国に「出入りする」ための中継地として提供されている。
つまり,入国審査・税関などといった日本側の権益がいっさい関与できておらず,完全に排除されている。アメリカの治外法権下にある米軍施設のひとつである。アメリカの軍関係者や政府の要人などがこのヘリポートを利用している状況は,いっさい秘密事項である。
「六本木基地の近隣住民から最近」,「見ないフリはしているものの,基地の変化が気になって仕方ない。何事も秘密裏に進むから,なお不気味だ」。「ヘリポートに偉い人が降りると,星条旗通り〔南側に東西に走る〈星条旗新聞社〉がある道路〕に警備の車が10台くらい並ぶんです。うっかり立ち止まって眺めたりすると,日本の警備スタッフにものすごく怒られるでしょう」。
ブッシュ政権時のチェイニー副大統領,元大統領クリントン,そして元大統領ブッシュ自身もこのヘリポートに降りたったとの説はあるが,アメリカ軍は情報公開していない。しかしその後は,トランプが大統領になると平然とこれみよがしにここから日本に移動している。バイデン前大統領もこのトランプに倣い,日本に入ってきた。この事実は新聞に報道されているけれども,日本人側はそれほど気づいていない。
註記)以上の段落,秋尾沙戸子『ワシントンハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』新潮社,2009年7月,362頁も参照。
f) 本ブログの筆者は以前,手持ちの東京都地図(ただし1999年発行版の古いもの)を開いて該当する場所を探したことがあった。しかし,その六本木基地とか麻布ヘリポートとか称されるこのアメリカ軍・政府専用の該当場所は,地図の上では空白である。これではまるで,戦前・戦中の地図と同じであり,アメリカ軍のヘリポート「基地があることじたい機密だ」というあつかいになっている。
しかし,インターネット上にはつぎのような図解にした地図が公表されている。
この案内地図に似た,しかし,市販の地図の上の赤坂プレスセンター関連施設を記入したつぎの案内地図もあった。
この「赤坂プレスセンター付近地図」を少し説明しておきたい。
イ)「星条旗新聞社」が赤坂プレスセンターの名称のゆえんである。都立青山公園(青山霊園)からみて南東地域,六本木トンネルを跨ぎ,政策研究大学院大学の南西方向に囲まれている〈空白の地域〉がアメリカの専用ヘリポート基地として使用されている。
ロ)「麻布米軍ヘリポート」 このヘリポートから東方約 1.7キロメートルにはアメリカ大使館がある。車で首都高速3号渋谷線ぞいに走れば,ものの5分くらいで,この大使館に移動できる。
ハ) アメリカの関係者,たとえば軍や政府の高官などは,まずアメリカ本土から神奈川県の横田基地に直行・着陸して,ただちに待機するヘリコプターに乗りかえて飛べば,10分ほどでこの麻布ヘリポートに降りたてる。
補記)たとえば,2019年5月25日~28日の日程で訪日したアメリカのトランプ大統領(第1期目のとき)が,羽田には降りずに赤坂プレスセンター横にあるこのヘリポートから堂々と「入国(?)」し,日本政府の体面を外交上いちじるしく傷つける作法を行使していた。
そして,そのヘリポートを経由して,こんどは車ですぐにアメリカ大使館などに出むく,という行程になっていた。この行程すべてにおいて,アメリカ側の便利・都合を最優先した傲慢な精神がみえる。
また,2022年5月22日〜24日の日程で,バイデン大統領が日本を訪問したさいにも,羽田には降りずに赤坂プレスセンター横のヘリポートを利用していた。トランプは,以前にはなかったアメリカ政府側の傲岸不遜きわまりない,外交上の礼節を完全にむげにした行動を,大統領として初めておこなったのである。
ハ) 市販の地図の上でこのヘリポートの存在を表記せず隠していた点は,アメリカ側が要求された軍事・外交上の配慮とはいえ,周辺の住民にとっては周知の事実でもある。近隣の住民はまた,離着時の騒音のものすごさに対して,相当の不満・苦情を抱いているはずである。
補注)もっとも,グーグル・マップで観ることができる宇宙空間からの世界地図となると,地図の上で空白にするといった操作はくわえられない。
その事実はさておいて,悲しいかな,なんといおうとも,日本はアメリカの軍事的・政治的な属国であり,そうなるほかない同盟関係を結んでいるからこそ,叙上のような政治次元での光景が日常茶飯事となり定着していた。
沖縄をはじめ日本全国に多数あるアメリカ軍基地は,アメリカ政府・国防総省の専有・支配地域として自由に使える,非常に便利な「日本国におけるU.S.A. の米領土」である。日本政府がこれらアメリカ軍基地を維持するために「思いやり予算」やを付けている事実は,秘密でもなんでもない。
なお,日本全国の上空・空域も,アメリカ軍が好き勝手に専有・支配・使用していることを,あわせ再度強調しておきたい。この米日軍事関係史的な事実については,別途,記述をしたたておこなうつもりである。
3 六本木基地=麻布ヘリポートの問題
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「青山公園」という項目のなかには,つぎのような記述がある。
東京都港区に位置する青山公園南地区の一部が,1984年より在日米軍赤坂プレスセンターの「臨時ヘリポート」に占有された状態になっている。この臨時ヘリポートは,環状3号線六本木トンネルの工事にともない,隣接する青山公園の敷地4,300m平米を借用して設置されていた。しかし,1993年に工事が完了したのち,いまも返還されていない。
東京都は2007年1月12日,この臨時へリポートの返還に備えて,代替の公園用地4,700m平米の返還,および緊急・災害時のヘリポート共同使用を条件に解決を図ることを発表したあと,同年4月23日に日米合同委員会で代替地の返還合意がなされている。
返還されるのは,国立新美術館と環状3号線に挟まれた敷地部分で,青山公園の一部として追加整備される予定である。この在日米軍に占有された状態になっている赤坂プレスセンターの「臨時ヘリポート」に関する図解(詳細の白黒の地図)があったが,ここでは紹介できない。
その代わりに,『赤坂プレスセンターの「臨時ヘリポート」』と表現されている場所が「空白にされている」国土院の地図を,以下にあらためて紹介しておく。この地区は実質,東京都内に実在するアメリカ軍の治外法権的所有地であり,「日本人立入禁止の専属軍用基地」である。
なお,東京都は「三者協定」全文(東京都・東京防衛施設局・在日米軍の三者による協定)を公開していない。アメリカの情報公開法にもとづき協定原文を入手して 判ったのは,この協定は,トンネル工事期間中に青山公園の4,300㎡ を臨時ヘリポートとして米軍側に追加提供されるが,工事が終わったらヘリポートは元に戻すと決められていた。
しかし,1993年3月に工事が終了したにもかかわらず,32年経ったいま(2025年)でもまだ,米軍は協定に反しこの公園用地を基地として,平然と使用しつづけている。そこには,当然のことであるが「工事が終わったら原状回復する」ことが明記されていた。
註記)「米軍による青山公園不法の占拠問題とは」『麻布米軍ヘリ基地問題』http://home.att.ne.jp/sigma/azabu/aoyamatop.html,2023年4月10日閲覧・参照。
赤坂プレスセンターの所在地は,東京都のなかでもとくに高級住宅地域にある。具体的にいえば,各国の大使館などが集中し,文化・ファッション発信の地でもあり,東京のなかでもとくに〈セレブ〉的・〈ハイブロー〉的な地域に位置している一等地を,「占領軍」側がいまもなお好き勝手に専有しつづけている。
それも,高層ビルの屋上に設置されたヘリポートならともかく,青山霊園の南側に面した〔六本木トンネル上の左右にまたがる〕地面を,まるで自国の植民地よろしく,勝手・自由に占有し,実質,独占的に使っている。このアメリカ軍・政府の態度は,専横・傲岸:強占そのものである。
近隣住民にしてみれば,離着時の騒音もさることながら,そうした施設がいまだに居すわっている現状を目前にみせつけられて生活している。いうなれば,1945年「日本の敗戦」そのものが,この21世紀になってもなお継続している,との錯覚〔=現実?〕にとらわれて当然の風景である。
こうした自国内に実在(点在・散在)する被占領地に等しい様相は,日米安保体制下における「両国関係の真実」の一端を如実に現わしている。かつて自民党の有力政治家であった金丸 信は,それでも「アメリカ〔軍〕は日本の番犬〔様〕だ」といってのけた。断わっておくが,この金丸は「思いやり予算」を造語した当人でもあった。
本当のところでは,その番犬にいいように思う存分,振りまわされているという自覚症状がない日本国の指導者たちであった(本当のところをいえば,多少は自覚していたが……)。一番の問題は,その実質米軍基地である麻布ヘリポートを,アメリカ政府側はまったく返す気がない。
ところで,1999年4月東京都知事選挙で初当選し,現在〔ただしここでは2009年8月までのこと〕その3期目を務めていた石原慎太郎について,関連する話題をとりあげておく。
この石原慎太郎は以前,石原慎太郎・盛田昭夫『「No」と言える日本』光文社,1989年,石原慎太郎・ほか『それでも「No」と言える日本』光文社,1990年,石原慎太郎・一橋総合研究所『宣戦布告「No」と言える日本経済』光文社,1998年などの著作を介して,いかにも勇ましく「アメリカ本国」に向ける発言を放っていた。
しかし,石原慎太郎(都知事)自身のその勇壮さがとても名高かった割りには,「青山公園南地区の一部が1984年より在日米軍関連施設の『臨時ヘリポート』として占有されてきた状態」に対する「東京都の交渉ぶり」をみるかぎり,単にへっぴり腰であった。口さきでは強気に景気よくポンポンとモノをいう晋太郎であったけれども,アメリカに対しては交渉力のなかった点が,結局暴露させられるだけに終わっていた。
4 天木直人の批判-2007年1月14日-
『天木直人のブログ』「2007年1月14日」(このブログは現在は休止)は,「法を破る在日米軍,何も言えない日本政府」と題して,本ブログの筆者が以上のようにとりあげた,このアメリカ軍が専有する「六本木基地:麻布ヘリポート」の問題を,つぎのように批判していた。
東京都の中心市街地に「アメリカ・軍」が実際には不法に占有し,いまも自由に使用しているこのヘリポート基地は,前述したように「市販の地図」(筆者の手元にある東京都の地図は,1999年版)の上から抹消されていた。誰の指示でそのように作図されている〔記載していない〕のか? マスコミもあえて触れてこなかった。多分,知悉の事情だとは思うが……。
なお,グーグル・マップで本日(2023年4月10日で観察していた),赤坂プレスセンターをみたところ,衛星写真にはむろんそのまま写されているその「場所」が,地図版になると「空白」にされており,これには思わず失笑……。
付記)赤坂プレスセンターとヘリポート周辺地域,2023年4月10日閲覧。
ところで,日米安保条約はなんのために,誰のためにあって,どのように結ばれているのか? どうして,日本に対するアメリカは,大昔のお代官様みたいな存在なのか? はてそれでいながら,一方で外務省はなにをしているのか? 北朝鮮に対しては拉致問題で強硬な態度をとれても,U.S.A. に対しては,まるっきり腑抜け同然でありつづけているのが,この外交官僚の組織体。
他方で,前段でも話題に挙げた東京都知事の職務にあった石原慎太郎は,結局,アメリカに対して威勢よく「NO」と吠えてみたけれども,その内容を具体的に実現させることができなかった。この石原慎太郎はその意味では,1銭の価値もないような「東京都の最高政治責任者」であった。
『天木直人のブログ』は,いま問われているのは「アメリカ国の非道である」と指摘・批判していた。ところで,問題のヘリポート基地周辺に居住している住民は,この「ヘリポート基地撤廃運動」を起こしたことはないのか。近隣の住民たちが本当に怒って,ヘリポート基地反対・撤去運動〔訴訟も含めて〕を起こしたら,どうなるか? 実はアメリカ政府といえども,市民・住民レベルで本当の反発が起きることを非常に恐れている。
しかし,日本政府側のあまりの低姿勢,唯々諾々の対応でもあるからこそ,アメリカは日本を徹底的に舐めきった態度で無視してきている。日本の属国たるゆえんがよく分かる。東京都民でも地元の港区の住民は,「草の根民主主義」にもとづいいてこのヘリポート基地撤廃に向けて,反対運動を毎年4月の第3日曜日に実行している。
その問題提起:抗議行動が高まり,さらに反対運動が昂揚することになれば,日本中に点在するアメリカ軍基地のありかたに関しても,間違いなく確実に特定の影響を与える。そうした方向が進展する事態は,アメリカ側がもっとも恐れる動向となる。
5 赤坂プレスセンター周辺住民の声-東京都のど真ん中にあるアメリカ軍の基地-
赤坂プレスセンターの付近に暮らす住民がこう描写していた。
つぎに,港区住民が主催する「赤坂プレスセンター,ヘリポート反対」運動の関連ポスターから,2019年4月版と2022年4月版を紹介しておく。この種のポスターは,http://home.att.ne.jp/sigma/azabu/ に,より最新のものが掲示されている。
なお,赤坂プレスセンターの由来などに関連する歴史的事情は,つぎのように説明されている。前掲した関係の地図などをもう一度思いだして,読んでほしい文章である。
敗戦後,日本帝国陸軍第一師団歩兵第三連隊(通称:麻布三連隊)の兵舎は連合軍に接収され,一帯は「ハーディ・バラックス」(Hardy Barracks)と呼ばれる施設と兵舎群が建設された。その後,敷地の大部分は返還されて,北側の旧三連隊兵舎は東大生産技術研究所を経て2000年にとり壊され,敷地は国立近代美術館用地になった(「ケーキカット・ビル」参照)。
また,西側部分は都に返還されて,都立青山公園の敷地となっている。しかし,通称「星条旗通り」に面する南西側には,在日米軍の機関紙,星条旗新聞(スターズ&ストライプス)社屋と兵士宿舎,それにヘリポートが残された(ヘリポートはかつて六本木トンネル開通以前は現在より東側にあり,トンネル工事に伴い都立青山公園一部に食いこむかたちで移設された)。
いまなお「ハーディ・バラックス」と呼ばれる宿舎は,表向きは星条旗新聞関係者ということになっているが,NSA(国家情報保安局)など諜報機関が使っているのだろう,というのがもっぱらの噂である(米軍側の正式な呼称は「赤坂プレスセンター」である)。
なお,アメリカの巨大情報組織「エシュロン」に関するホームページのなかに,ハーディ・バラックスの「正体」が言及されているので,これから抜粋して紹介しておく。
在日米軍が「赤坂プレスセンター:麻布ヘリポート」を絶対に日本側に返却しない理由は,以上の記述をもって自然に説明されうる。ここでは,つぎの記述も読んでもらうことにしたい。
6 補 記
矢部宏治の『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』集英社インターナショナル,2014年については,たとえば,つぎの『論座』に掲載された書評が参考になる。
小木田順子・編集者(幻冬舎)「〈書評〉矢部宏治著『日本はなぜ,「基地』と『原発』を止められないのか」『論座』2014年11月06日,https://webronza.asahi.com/culture/articles/2014102800005.html が参考になる。なお,矢部宏治は『日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか』集英社インターナショナル,2016年5月も,続編として公刊していた。
続編の『本書』も併せて読んだところで,この国が80年前に敗戦国になっていたとはいえ,日本国民自身が,現状のごとき対米従属関係に対してなにも怒りを感じえないのであれば,それこそ現状のまま,米国の1州になってしまったほうが好ましいのかもしれない。
しかし,米国の1州である国と「属国状態にある国」とでは,その有する政治的な意味あいはだいぶ異質である。アメリカ合衆国のある1州は「属国という概念」でとらえる必要はないが,属国状態という表現での「1国=日本」だという場合は,尋常ならざる含意がこめられている。
旧大日本帝国は,幕末から明治時代にかけて米欧と締結してきた不平等条約を,半世紀ほども時間をかけて必死に努力しながら解消してきた。第2次大戦後における米日間の安保条約,この軍事同盟の不平等条約性は,問題がありすぎるにもかかわらず,いまもなお,アメリカ側のいいなりにしか動けない,存在すらしえない国である。
最近は,さらに安保関連法などを成立させ施行し(2015年度),日本国の対米従属性をより深化させるのに大いに貢献した愚かな元首相,安倍晋三がいた。この「世襲3代目の政治屋」はトランプが日本に来たときは,まるで子分以下のあつかいをされても,当然のように「ヘイコラ・・・」していた。
もう一言いわせてもらうが,矢部宏治の諸著作を通読したかぎりでは,在日米軍基地と天皇・天皇制の相互的な有機関係,いいかえれば,日本国憲法に由来する矛盾問題からは,全面的に逃避した立脚点が問題として残されている。この指摘は,矢部の立論・立場に不可避の「看過できない難点(自家撞着)」を明白にさせるためにおこなってみた。
ただし,矢部宏治が工夫して概念化したつぎの日米関係のあり方は,ほぼ正鵠を射ている。つぎの矢部宏治著『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』講談社,2017年からつぎの図解を紹介しておきたい。ただし,この図解そのものに相当する法学的認識は早くから,憲法学者長谷川正安が正確に提示していた。
この図解に関してはきわめて重要な媒介変数が介在していた。だが,矢部宏治はその事実にはあえて(意識してかそれとも無意識なのか判断しにくいが),触れずじまいで済ましてきた。この事実に関していうと,矢部の識者としての問題性(天皇・天皇制に関するそれ)が,重要な領域として残置されたままにある。
その問題性の中心に位置する人物は,贅言するまでもなく,昭和天皇「裕仁」自身であった。本日における議論の対象とはなっていないが,この人が,以上に議論してきた問題をめぐり,切っても切れない関与をしてきた日本政治事実史は,専門の政治学者であれば否定しえない認識であった。
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