2003年1月14日に早速

靖国に参拝した小泉純一郎の

歴史感覚のなさを叱る。

 

 
伊勢神宮参拝クレムリン詣でときて

小泉首相,とつぜんの靖国神社抜け参り

当然ながら中韓の猛反撥を浴びる。

信念とみえて頑迷熟考とみて短慮

打算とみえて姑息

公約というならば

なぜ,8月15日にいかないか?

(『朝日新聞』2003年1月15日夕刊「素粒子」)


 
 
小泉首相の靖国参拝へのこだわりも,日本の世論のナショナリズム志向と波長が合う。しかし,そこにはアジアのなかで生きる日本としての国益判断はみいだしにくい。

 

(『朝日新聞』2004年4月26日朝刊「社説」)


 
在任4年めに入った
小泉純一郎首相の「なくて七癖」

なにごとも一言を繰りかえすクセ

人に任せて丸投げするクセ

足して2で割るクセ

アメリカにひたすら追従するクセ

なにか具合悪いことになると
「分かりません」を連発するクセ

すぐに開きなおるクセ

テレビカメラが入れば,丁寧語,
なければ,素っ気ないクセ

(『朝日新聞』2004年4月27日夕刊「素粒子」)


主 な 目 次 内 容

2003年1月28日の「靖国問題」に関する小泉の発言

■ 小泉首相が靖国神社を参拝首相として3度目 ■

● 江藤隆美を批判する ●

● 小泉純一郎を批判する ●

■ 防衛大綱の見直し議論加速の考えを表明
 石破防衛庁長官 ■

■ 山田  浩『現代アメリカの軍事戦略と日本』
法律文化社,2002年11月の日本軍事論 ■ 

『朝日新聞』『毎日新聞』vs『読売新聞』『産経新聞』
4大紙の報道姿勢の比較 ■


  
 
2003年1月28日の「靖国問題」

に関する小泉の発言 ●

 
 
 小泉首相は2003年1月28日の参院予算委員会で,「私が首相であるかぎり,時期にはこだわらないが,毎年,靖国神社に参拝する気持ちにかわりはない」と述べ,来年(2004年)も靖国神社を参拝することを明言した。

   また,合祀(ごうし)されているA級戦犯を念頭に,「死者に生前の罪まで着せて,死んでも許さないというのは,日本人にはあまりなじまないんじゃないか。こういう気持ちも,外国の方には理解していただきたい」と語り,合祀は参拝の障害にはならないとの認識をしめした。

 自民党の仲道俊哉氏が,来年も参拝をするのかと質したのに答えた。

 小泉首相は「戦没者に対する敬意と感謝の念をこめて,二度と戦争を起こしてはならないという気持ちで,靖国神社を毎年参拝している」と従来の説明をくりかえしたうえで,一般の戦没者とA級戦犯を区別しないことを強調した。

 これに関連し,福田官房長官は同日午後の記者会見で,「個人の立場で,自らの心情から出た行動ですから,そのことについて政府としてとやかくいうべき筋あいのものではない」と述べるにとどめた。

 小泉首相は2001年7月の各党党首討論会(日本記者クラブ主催)でも「日本人の国民感情として亡くなるとすべて仏様になる。死者をそれほど選別しなければならないのか」と発言している。
  
  http://www.asahi.com/politics/update/0128/008.html 
  

    小泉純一郎首相は2003年1月28日の参院予算委員会で,「(公約違反は)大したことない」発言のダメージを振り払おうと,絶叫調をまじえた長広舌で「改革公約の進展」を強調した。靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)問題では「死者に生前の罪まで着せてむち打つ気持ちは日本人にはなじまない」と言って声をつまらせ,参拝にこだわる心情も訴えた。
  
   http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/article/koizumi/200301/29-2.html
  


   小泉純一郎による以上の言動はまさに,日本国総理大臣自身が「宗教の問題に関しては無知蒙昧の徒」であることを証明したといえる。

   小泉はいう。仏様になる。死者をそれほど選別するな」とか死者に生前の罪まで着せてむち打つ気持ちは日本人にはなじまないとかいっているが,日本人‐日本民族〔同胞・身内〕においてしか同感をえられないような,単なる「感情論」での反論は大いに問題である。

   「死者に生前の罪まで着せて,死んでも許さない」とする意見に,小泉は反対だと述べる。しかし,この理屈は,生きているがわに存在する者のみが放ちうる「勝手ないいぶん」である。これを,アジア諸国の人びと=「外国の方にも理解していただきたい」といっても,逆にかえって,猛反発を食らうだけである。

   問われているのはむしろ,小泉のようにいまも生きている者たちの抱く,それも「過去の戦争」に関するところの,敗戦後における「意識のもちよう」なのである。死者にかこつけて,いま生きている者たちの戦後責任をいっさい問うな,というのが彼の意見である。そういう視点に絶対的に立つのであれば,この世の中においては「〈歴史〉というものを想像する」余地などなくなってしまう。

   われわれ生きる者はすべて,人生の過程の一瞬ごと・一コマごとにおいて,将来にのこすべき歴史を形成していく創造者である。現在の過去が歴史を蓄積していくとともに,現在は将来の歴史を創造していくものである。創造された歴史は,過去から現在を透視するための鏡である。そうした歴史の連綿とつながる流れを遮断することは,とうていできない相談である。

   小泉はいう。「戦没者に対する敬意と感謝の念をこめて,二度と戦争を起こしてはならないという気持ちで,靖国神社を毎年参拝している」と。ところが反対に,アジア諸国の戦争被害者とその家族や関係者は,こういう考えかたじたいをまっこうより否定し,逆にうけとっている。彼はこの事実が皆目わかっていない。

   小泉の抱く「単純な宗教精神」は,はじめからなんの考えもないものである。あまりに無意識的でもあって,いわば「シャーマニズム以前でさえある」。 したがって,彼には「自分の宗教観」をうんぬんする資格すらない。

   それでも,小泉純一郎の「素朴な宗教観」は,

   ◎   アジア侵略の手先・尖兵として派遣され,その結果,「日本帝国という国家の犠牲者〔戦死者・戦病死者〕となった人びと」=「日本人の〈死〉」も,

   ◎   過去において日本帝国主義の侵略‐暴虐によって殺された「アジアの被侵略諸国がわにおける数多くの〈死者〉」も,

その区別・差異を問おうとする意識すら拒否するだけでなく,それをいきなり遮蔽する情感的な発想にもとづいている。

   したがって,小泉純一郎という一国の首相である人物が「個人の立場で,自らの心情から出た〔靖国参拝〕行動ですから,そのことについて政府としてとやかくいうべき筋あいのものではない(福田官房長官)などといって,済まされることがらではないのである。

   まさしくその点〔→個人の立場:心情から出た〔靖国参拝〕行動〕が問題なのであって,韓国や中国からきびしい批判が「日本国首相の靖国参拝」に対して向けられてきたのである。小泉は,いちばん肝心なこの点が全然認識できず,したがって平然と無視もする。その無神経さは並たいていのものではない。

   だから,民主党の菅代表は2003年1月28日の記者会見で,靖国神社をめぐる参院予算委員会での小泉首相の発言について,本質をすり替えている。国家機関である現政権の首相が(A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社を)お参りをするのは,(日本の)戦争責任を認めてきたことをくつがえす行動だ。首相という立場でお参りするのはやめたほうがいい」と批判したのである。

   http://www.asahi.com/politics/update/0128/011.html

    もっとも,靖国問題をめぐって民主党菅代表が小泉首相に放った批判「本質をすり替えている」という指摘は,恐らく,小泉純一郎自身の宗教問題に関する理解力をはるかに超えたものなのである。それゆえ,せっかくではあるが,「馬の耳に念仏」あるいは「豚に真珠」あるいはまた「カエルの面にオシッコ」。


   筆者はすでになんども,「A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社」に着目する方途で,問題の本質をみいだすべきではなく,靖国神社じたいが「戦争〔を奨励する〕神社war  [military]  shrine)」でありつづけてきたという「明治以来の歴史的な宗教的施設」性を把握してこそ,この神社の意味が根本面より理解,批判できることを強調してきた。

   靖国神社に〈英霊〉となって合祀されている戦没者は主に,旧日本帝国の侵略路線の実績に貢献した兵士にかぎられている。

   そこにみてとるべき問題性は,死んでしまえば「仏様となればみな同じだ」などと,詭弁にひとしい,また理屈にもならない弁法でもって,戦争という出来事がもたらすあらゆる種類の犠牲者を,乱暴に一括りしてしまう〈粗雑さ〉である。

   「靖国に合祀されてきた戦争犠牲者」は,戦争という出来事がもたらした「あらゆる種類の犠牲者の一部分」にすぎない。「特定の戦争犠牲者」しか祀られていない靖国に参拝にいっても,「あらゆる戦争犠牲者」の魂を慰霊することができるのだといういいかたは,はじめから論理学初歩の誤謬を犯している。無理を承知での強弁である。とはいえ,当人にはそういう「無理という観念がない」から,なお始末が悪い。

   靖国神社は,戦没者を〈英霊〉に祀りあげる宗教行為=カラクリをとおして,さらにこんどは,生きるものに対して「に出向くことを喜んでうけいれるように説得する」ための「宗教的精神を用意した国家的な霊所」である。その意味では,宗教機関として靖国を観察するとき,尋常ならざる,きわめて異様な精神構造‐機能がそこには備えられていることになる。

   一言断わっておくが,旧日帝がかつて「侵略の戦争」をしたさい,無慮‐無数殺してきたアジア各国の被害者・被災者たちを,靖国は1人も祀っていないではないか。むろん,靖国は敵国の兵士など祀るわけもなかった。

   それでどうして,靖国神社に参拝にいくことをとおして,「すべて仏様となってみな同じだ」などといえるのか?   ここまで目茶苦茶をいいきれる神経が示唆するのは,「純一郎の悪い冗談」でなければ,彼が宗教問題については「無識者」でしかないことである。

   もう一言断わっておくが,旧日本帝国軍に召集された兵士たちは,「戦争で喜んで死ぬ」覚悟をしたわけではない。彼らはとくに,出征を控えて地元の各種神社にお参りしたさい,必死にこう祈願したのである。

   「戦場にいって戦うことになっても,けっして弾に当たりませんように……」

   戦前,母親は子ども(男子)が軍隊にいくとき,その生命の安全を願って,千人(それも女性)から「1人1針」をもらう「千人針」という「お守り〔安全祈願〕」を用意した。戦場で弾に当りたい者など,いるはずがない。それが靖国にいくと,正反対の運命「御国のためには死を恐れるな!」を強要され,その覚悟を決めておけ,と叱咤激励されるのであった。

   沖縄県に創設された『平和の楚』は,戦争の悲惨さ・残酷さを記憶しつづけようとする。それは,沖縄戦の戦没者全員の氏名を,漏れなくその碑に刻みこもうと努力してきてもいる。したがって,味方‐敵方,国籍・民族・人種・出身,宗教・思想・信条・イデオロギーなどを超えた慰霊記念碑である。靖国の宗教思想とのちがいは対極的であり,あまりにもきわだっている。

   その意味合いでは,小泉首相が今回表白した《靖国》観は,幼稚・低劣・未熟・鈍感に過ぎるだけでなく,不勉強,没論理,曖昧模糊,思考停止の「宗教観以前の独り言:繰り言」に終始したものである。

   小泉純一郎首相は2003年1月28日の参院予算委員会で……靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)問題では,「死者に生前の罪まで着せてむち打つ気持ちは日本人にはなじまない」といって声をつまらせ,参拝にこだわる心情も訴えた。

   小泉という日本の宰相においてだけでなく,アジア諸国の人びとに対しても,共感と同情をえられるような,そして,かつての戦争被害者全員を国境を越えて追悼しているとみなされるような「宗教観」〔あるいはこれに相当するような「宗教意識関連的な姿勢」〕を明示できないのであれば,彼が首相をやっているかぎりこれからも,靖国〔神社参拝強行〕問題に関しては,近隣諸国との不協和音を発しつづけるほかない。

   靖国問題は,単なる「個人の立場で,自らの心情から出た〔靖国参拝〕行動です(福田官房長官)」などといって収まるわけがない,重大‐深刻な外交上の問題である。

   そのうえ,日本がわが〈内政干渉〉などといってムキになって反論するばかりでは,当該問題点に関する本質的な議論がすすまない。それは実に,19~20世紀に積み残してきた「日本国の戦争責任問題」なのである。

   わかりやすくいえば,小泉純一郎による靖国参拝は,旧日帝によるアジア侵略という過去〔悪業〕を完全に忘却した,あるいはそれに故意に目を閉じた《自慰的な宗教行為》であって,あるいはまたアジアの諸国‐人びとの「古傷に塩をすりこむ」それである。

   アジアの各国がわにいわせれば,前述のごとき被害者がわの「こういう気持ちも,外国〔日本〕の方には理解していただきたい」(これは小泉の発言内容である)と語ることになるのではないか。自分=小泉の気持をアジアの人びとに理解してほしいなら,アジアの人びとの気持も理解しようとする姿勢が不可欠である。


    この段落関係を執筆したあと,ある「在日する中国人」からは早速,新聞の投書欄に以下のような意見が寄せられている。
  

  靖国について首相は勉強を

   小泉首相の靖国発言に本当に呆れた。「死者に生前の罪まで着せて,死んでも許さないというのは,日本人にはあまりなじまないんじゃないか,こういう気持も,外国の方には理解していただきたい」。外国人をバカにするなといいたい。

   神社における日本人の死生観ぐらいは,外国人もしっているよ。

   昔の神社は「死んだら,みんな神様」で敵まで祭ったが,近代の国家神道では「大日本帝国」のために戦死した人しか祭らなくなった

   開拓や空襲で死んだ民間人でさえ靖国に入れないから,どこが小泉さんのいう「すべて仏様になる」といえるのか。靖国こそ,まさに,死者を選別する神社ではないか

   小泉さんは,あまりにも無知か確信犯かにしか思えない。

   日本の文化,民族,戦争などについて,良識あるすぐれた日本学者の本はいっぱいあるから,敏感で複雑な靖国問題を簡単に日本文化論でかたづけるまえに,もっと勉強したらどうでしょうか。

   首相も靖国ではなく,被害国をふくめ,誰でも献花できる平和祈念館ができたとき,戦争で亡くなったすべての人々がはじめて神様になれることがわかるだろう。でも,小泉さんでは無理かもしれない

 

 『朝日新聞』2003年2月1日朝刊「声」。


   筆者のコメント:小泉首相には「靖国問題」に関する「日本文化論」〔の識見〕なんてものはない。そういう期待は「小泉さんには,とうてい無理」

 

 
   『朝日新聞』2003年2月3日朝刊は,「首相参拝-遠い理解,広がる不信,官邸内にも疑問の声」という記事を掲載していた。

   これまで小泉首相が参拝するたび,日中・日韓関係がこじれ,関係修復のために膨大なエネルギーを注いできた。そして,今年は,瀬戸際外交を展開する北朝鮮に対して,日中韓が共同歩調をととのえつつあった矢先の参拝で,まさに「外交的には最悪のタイミング」と日韓関係筋は指摘する。

   小泉首相への不信感は中韓両国民の心に沈殿しており,離間策が得意な北朝鮮が「反日」で中韓両国をあおれば,日本は孤立しかねない。日中韓が足並みを乱せば,一番得をするのは北朝鮮だからである。

   日本の外務省幹部は「周辺国と良好な関係をむすべないような国は,世界からは尊敬されない」と指摘する。外務省には,小泉首相の対応はひいてはアメリカのアジア戦略にも影響し,アメリカから苦言をていされるという展開にもなりかねないとの声もある。

   『朝日新聞』2003年2月4日朝刊「私の視点」には,韓国外交通商省条約局長,申  珏秀が個人の資格で,つぎのような投稿を寄せていた。

   近隣諸国の強い反対にもかかわらず,靖国神社への参拝を強行しながら「アジアの平和と繁栄を祈った」と主張するのは,アジア人の自尊心をはなはだしく傷つけ,冒涜し,軽視することである。日本の政治家としては得するのかもしれないが,アジアの指導者としては失格である。

   はたして,日本がアジアの人の心をつかんで信頼をえているのか,日本政府と国民はみずから問いかけてみる必要がある。日本がアジアを侵略した不幸な過去の傷口を広げているかぎり,21世紀になっても和解と信頼は期待できない。

   21世紀も日本が,閉ざされた民族主義にとらわれていては,東アジアの地域協力に未来はない。日本の指導者は,過去の呪縛から解放された日本だけが,新しいアジアの歴史を創出することができることを肝に銘じるべきである。
   


   『朝日新聞』の投書欄「声」から,つぎの2通を紹介する。

   ◎   中学校教員(女性,54歳)は,小泉首相の靖国参拝を,こう批判する

   内外の反対,批判もものかは靖国参拝をくりかえし,来年も参拝するという首相に,空恐ろしくなった。A級戦犯問題は,戦犯個人を「死んでも許さない」という問題でなく,日本が他国を侵略して犯した人道に反する罪をどう認識するかという,きわめて公的かつ国際的な問題である

     小泉首相は公人なのだから,福田官房長官の「個人の立場でみずからの心情から出た行動」という援護も無責任きわまる

   「日本人の心情」を押しつける身勝手さ,被害者の心情を理解しようとしない態度には絶望を感じる。戦争をおこしてはならないという気持なら逆効果だということが,なぜ考えられないのだろう。

   被害者の立場からは,侵略戦争の責任者を神として祀る神社に参拝したら,反省していないと思うのは当然である。それ以前に日本は,国として被害者に明確かつ十分な謝罪をしていない。

   平和を願うなら憲法をすみずみまで読み,戦争をおこそうとしているアメリカ大統領を抑えるべきである。平和を願い国際交流をすすめている多くの国民の努力に冷水を浴びせる言動はやめてほしい。


   ◎   無職の男性(元教師,87歳)は,「弾圧忘れないクリスチャン」という題目で投書を寄せている。

   1941年12月8日の太平洋戦争開戦の翌月から,毎月8日は「大詔奉戴日」(宣戦の詔勅を戴いた日)として,全国の学校で神社参拝を強要された。函館キリスト教主義の学校に勤めていた私も,生徒を引率して参拝せざるをえなかった。

     1942年1月,函館のホーリネス系教会の小山宗祐という牧師が,隣組でおこなった神社参拝を拒否したとして告訴され,憲兵隊に引っ張られた。3月,拘置所で死んだが,死因を当局は「自殺」と発表した。

   クリスチャンは自殺するはずがなく,教会資料には遺体の首の骨が折れていたとあり,拷問による他殺だったにちがいない。6月,ホーリネス系教会の大弾圧で,数人の獄死者が出た。同じころ,朝鮮の教会も多くの殉教者を出している

   中国や韓国の人々が怒りを表明したのは,当たりまえである。弾圧をうけた内外の信仰者たちが怒りを忘れてならないのも当然である。

   --あの戦争中,朝鮮のキリスト者は,牧師たちを中心に,50名を越える殉教者を出したことも付記しておく。

   日本帝国によるそういうひどい迫害:被害をうけた国や人びとがとなりにあり,いるのに,「死んだら,みんな神様」(これは神道的な発言)「すべて仏様になる」(これは仏教的な発言)などと,自身の歴史認識に関する無教養ぶりをさらけ出した。

   そのような「没論理・錯綜の宗教観(感?)」「勉強不足の靖国観(感?)」は,みかたによっては物笑いの種にさえなりかねないものである。

   こうなると,小泉首相「個人の恥」にとどまらず,日本に住む人びと全員にとってもまことに恥ずかしいこと〔→国辱もの〕ではないか。

   ちなみに「宣戦の詔勅」ということばは,詔書と勅書の総称を意味する。詔書とは「天皇のことばを書いた文書」のことであり,勅書とは「天皇の意志をしるした公文書」のことである。

   戦争中において,宗教的信条のちがいにもとづく理由で迫害され,生命まで奪われた日本帝国およびアジア植民地諸国のキリスト者は,いうなれば「昭和天皇の名によって弾圧されたり,あるいはその命によって殺されたりした」ことになる。

   戦前‐戦時の日本では,天皇教に対する崇敬を,自国民のみならず他国民に対してまで強制しようとした。そのために悪用された常套句が,こういう決め文句だった。「天皇さま(現人神)」と「おまえの信じる神」とでは,いったいどちらが絶対的にえらいのか。

   そうした難詰を武器につかい,天皇絶対教以外の諸宗教を信じる人びとをいじめ,苦しめ,迫害し,その生命を奪ってきたのが,国家神道としての天皇教であった。

   裕仁天皇は,A級戦犯が靖国に合祀されて〔1978年10月17日〕以来,この神社に参拝できなくなった。この事情については,本ホームページの他所でも言及した点であるから,ここではくわしく触れない。

   もしかしたらヒロヒト氏も生前は,靖国からA級戦犯の合祀をとり消してほしかったのかもしれない。そうしてくれれば,その後もなんどかは,この神社に参拝にいくことができたかもしれないからである。

   与党=自民党などの為政者も,昭和天皇の国家宗教的な行為を望んでいたと思われる。だが,「彼ら」と「A級戦犯を靖国に合祀することを応援した一群」とは,重なっている。この点はさらに,国内外に向って困難な問題を生む基盤になっている。

 

  


小泉首相が靖国神社を参拝

首相として3度目 ■ 

 

 
   小泉首相は2003年1月14日午後2時すぎ,東京・九段北の靖国神社を参拝した。首相としての参拝は一昨年8月,昨年4月につづき3度目である。

   2002年は,5,6月の日韓共催のサッカーW杯や9月の日中国交正常化30周年への影響を懸念して,4月の同神社の春季例大祭に合わせて参拝したが,今年はさらに時期を前倒しした。

   首相としては,中韓両国などに一定の配慮をしたものとみられるが,両国は首相の参拝じたいに反対しており,日中,日韓関係がギクシャクする可能性がおおきい。

 参拝に先立ち首相は,「お正月ですし。新たな気持ちでいく。平和のありがたさをかみしめて,二度と戦争を起こしてはいけないという気持ちで参拝したいと思います」と官邸で記者団に述べた。

   また,中国や韓国の反発については「これまでも(両国には)説明しています。日中,日韓の友好に変わりはない。今後とも変わりはないということを理解してもらいたい」と語った。

 小泉首相は2002年12月,今年の靖国参拝について「参拝します」と明言していた。時期については触れなかったが,昨年と同様,4月の春季例大祭に合わせるのではないかとの観測が出ていた。

 首相の過去2回の参拝に対しては,中国や韓国が反発。とくに中国の江沢民国家主席は2度目の参拝のあと,「絶対に許すことはできない」などと再三にわたって強い不快感を表明しており,国交正常化30周年にあわせて昨秋に予定されていた小泉首相の訪中も,延期されたまま実現のめどは立っていない。

 中国では2003年3月にも開かれる全国人民代表大会(全人代)で,胡  錦涛国家主席や温  家宝首相といった新しい国家指導部の顔ぶれが決まるみとおし。

   韓国でも,2月末に盧武鉉氏が大統領に就任する。小泉首相としては,こうした一連の日程の前に今年の参拝をすませ,両国の新指導部との関係に与える影響を,最小限にとどめようとの狙いがあったものとみられる

 一昨年の首相の靖国神社参拝をきっかけに発足した福田官房長官の私的諮問機関「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(座長・今井敬新日鉄会長)は2002年12月,「国立の無宗教の戦没者追悼施設が必要だと考えるが,最終的には政府の責任で判断されるべきだ」などとする報告書をまとめた。

   だが,首相自身は施設建設に消極的なうえ与党内にも反対が強く,新しい追悼施設ができる見通しはない。

   http://www.asahi.com/politics/update/0114/004.html

   筆者にいわせれば,「平和のありがたさをかみしめて,二度と戦争を起こしてはいけないという気持ちで靖国神社に参拝」することは,過去の戦争で甚大な被害をこうむった東アジア諸国にとって,とうてい許すことのできない神道宗教的行為にもとづく暴言なのである。

   さらには,「お正月ですし……」などと,とってつけたような [トボケタようにも聞こえる文句] は,まったくの蛇足ともいってよいタワゴトである。

   いままで,さんざん論じてきた点なので,ここでは一言で片づけておきたい。

   靖国神社は「戦争神社 war  (military)  shrine」である。だから,「戦勝祈願」以外の理由をつけてこの神社に参拝にいくのは,の説明にしかならない。

  


■ 靖国参拝-首相の外交感覚を疑う ■


(『朝日新聞』2003年1月15日朝刊「社説」全文を引用)

 
 小泉首相がまたも唐突に,靖国神社に参拝した。よりによってこの時期の参拝とは,耳を疑う話である。

 日本は,いま北朝鮮の核問題をめぐって重要な局面にある。北朝鮮に核不拡散条約(NPT)脱退宣言を撤回させ,さらには核開発計画を破棄させるために,各国との連携が欠かせないときだ。

 そのための重要な相手である韓国や中国との関係に,今回の靖国参拝がどれほど悪影響をもたらすことか。首相が分からないはずはあるまい。

 北朝鮮問題で首相は,日米韓の連携を強調してきた。政府は中・ロなどとくわえた,新たな枠組も構想している。だが,これでは首相みずから水を差すようなものだ。

 まして,川口外相が1月15日から訪韓し,金  大中大統領や,盧  武鉉次期大統領と会談しようという矢先である。北朝鮮への対応に集中すべき大切な会談なのに,参拝問題で釈明せざるをえまい。貴重な時間を無駄にするとしかいいようがない。

 中国とのあいだでは,ただでさえ首脳外交が滞ったままである。それも,昨年4月の首相の靖国参拝が尾を引いているからだ。

 昨年は日中国交正常化30年の節目にもかかわらず,首相訪中は先送りになった。

 首相は「お正月ですし。新たな気持ちで」と語ったが,それで済む話ではないし,そこまで気軽に考えたはずもない。

 2月以降には,韓国も中国も新政権が発足する。ならば,そのまえに参拝した方が悪影響を小さくできて,得策だと考えたのかもしれない。国会が閉会中ということもあるだろう。

 だが,それは甘い。参拝に対して韓国や中国がただちに反発したのをみるだけでも,首相の外交感覚には大いに疑問がある。

 首相は昨年から,今年も参拝するといっていた。個人的な思いやこだわりはそれぞれあろうが,それだけで済まないのが一国の首相という立場である。

 靖国神社は戦前,しだいに軍国主義,国家主義の象徴となった。国民を戦争に動員し,戦意をあおる役割をはたした。東条英機元首相らA級戦犯も祀られている。

 だからこそ,国民すべてがわだかまりなく靖国神社にもうでて,戦争で犠牲になった人たちを悼むわけにはいかないのだし,周辺国も納得しないのだ。

 首相の公式行事的な靖国参拝は,憲法の政教分離の原則から考えても疑義がある。

 そうしたことから,官房長官の懇談会が昨年末に無宗教で,しがらみのない新施設建設を提言したのである。首相が実現をめざすべきものだ。

 しかし,首相が靖国参拝にこだわれば,新施設の構想も振り出しにもどる。

 首相は歴史的な目配りを欠いているうえに,外交的な感覚をうしなっている。

 この参拝は,いったいなんの益を考えてのことなのか。理解できない。




  2002年4月21日,小泉首相は,総理大臣になって2回めの靖国神社参拝をおこなったのである。早速,東アジア諸国からはただちに激烈な批判が巻きおこった。以下にその一例を紹介する。


■ 香港『大公報』が社説を発表して,

小泉首相の靖国参拝を批判 ■



香港『大公報』紙の「社説」は,小泉純一郎首相が内閣総理大臣の身分で,2002年4月21日に再び,靖国神社を参拝したことを強く非難した。

 同紙「社説」は,「日本政治の右寄り化を戒める」と題された社説において,「日本首相は中国を含めてアジア隣国の反対にもかかわらず,公開的に靖国神社を参拝し,中国国民の感情を傷つけ,中日関係を損なった一方,日本及び日本のトップの国際的なイメージをもくずした」と指摘した。

   「ここ数年来,日本の政治舞台で右寄りの色合いが日増しに強まっている。小泉内閣は執権以来,国内政治の需要に応え靖国神社を参拝したが,これは,日本が平和の道に沿って発展していくことに利はひとつもなく,弊害ばかり与えている」と論じた。

 さらに同紙は,歴史問題にありのまま対応するのが,中日関係を構築する政治的な土台であり,両国が未来へ向かう根底でもあると述べ,日本政府には,中国などのアジア隣国が小泉氏の靖国参拝に対する重大な関心を重んじて,過ちを正しくすることで,同類事件の発生を回避するようよびかけた。

  http://www.dspr.xinhua.org/200204/aaa123222719_1.htm#


 


   2002年1月14日,小泉首相は,総理大臣になって3回めの靖国神社参拝をおこなった。東アジア諸国からは,重ねて激烈な批判がなされている。

       以下にその一例を紹介するが,前段に引照した香港『大公報』「社説」の2003年版を,再び紹介する。

 

       ■  再び,香港『大公報』が社説を発表して,

小泉首相の靖国参拝を批判 ■

 

 
   日本の小泉純一郎首相が2003年1月14日午後,第2次大戦のA級戦犯も祀った靖国神社に参拝したことは,日本国内のみならず中国,韓国などアジア近隣諸国ではげしい反撥をうけている。

   今回の靖国参拝は,小泉首相の就任以来3回めになる。2002年同様に,8月15日というもっともデリケートな日を避けたうえ「平和を祈願するため」といっているが,問題の本質はまったくかわっていない。

   小泉首相は,自身の国際社会でのイメージをいちじるしく損なったと同時に,日本と中国,さらにはアジア諸国との関係にマイナスの影響を与えた

   靖国参拝は香港,マカオ,台湾の同胞をふくむすべての中国人民の感情をきわめておおきく傷つけ,人々に苦痛の歴史を思いおこさせた。中国人民は,日本軍国主義が発動した斟酌戦争の最大の被害者である。

   軍国主義と侵略戦争の象徴である靖国神社に,首相として3度も参拝したことは,道理と正義への挑戦だ。被害をうけた国家と国民を再び蔑視して傷つけることであり,罪を認めていないことの表われでもある。

   小泉首相が口で侵略を認め反省しているというのは偽りで,ただ各方面からの反対の声に対処するためにすぎない。参拝を「平和を祈願するため」とするのは,平和への冒涜ともいえる。  

   小泉首相が靖国神社参拝にこの時期をえらんだのは,偶然ではない。国内の政治・経済の深刻な状況が背景にある。小泉首相は就任以来,全力で改革路線を推しすすめてきたが,日本の景気はますます悪化し,企業はつぎつぎと倒産,失業率も高くなり,経済政策の失敗が明らかになった。

   小泉首相の支持率も下がり,与党内でも批判の声があちこちで上がっている。9月の自民党総裁選を控え,国内の右傾化する政治状況のなかで,新年を迎えてぐずぐずしないで靖国神社に参拝し,右派勢力の支持をとりつけようとしたのだ。

   日本は,中国やアジア諸国の人々の平和を求める声に真剣に耳を傾けて過ちを正し,「歴史を鑑(かがみ)とし,未来に目を向ける」という正しい道にもどらなければならない。

 『朝日新聞』2003年1月20日朝刊に転載紹介された香港『大公報』の「社説」.


 


   だから,過去に日本がおこなってきた侵略戦争や植民地支配の罪悪性を寸毫も認めない「自民党右派勢力」の議員たちは,その無知蒙昧性と破廉恥性もあらわに,つぎのように,平然といってのけるのである。
   

     
■ 宗主国に金や謝罪求める国があるか」

江藤隆美代議士発言 ■



   自民党江藤・亀井派の江藤隆美会長は2003年1月18日,宮崎県延岡市で,小泉首相が昨年9月の北朝鮮訪問のさいに日本の植民地支配を謝罪したことにふれ,

   「この国の歴史がわかっていないから,こうなる。かつての宗主国に,金や謝罪を要求する国がありますか」と述べた。党支部主催の新春パーティーのあいさつのなかで言及した。

 小泉首相の靖国神社参拝を非難したアジア諸国の対応についても,「ロシアを訪問した首相は,赤の広場で軍人の慰霊碑に参った。なぜ靖国参拝に文句をいわれるのか。内政干渉だ」と批判した。

 江藤氏は総務庁長官だった1995年,「植民地で日本は韓国によいこともした」と発言し,長官を辞任した経緯がある。
     

  http://www.asahi.com/politics/update/0118/002.html

       


    
  江藤隆美を批判する


 
   --江藤隆美議員は,そろそろ引退する意向があることを表明した人間である。この人に完全に欠落しているのは,こういう点である。

   かつての宗主国「日本帝国」は,その植民地‐支配地域から「財宝」(鉱物資源から国宝級の諸財産まで)のみならず,その他のあらゆる物的資源,のちには人的資源=人間の生命も収奪してきた〔無数の人々を虫けら同然に殺してきた〕。

   日本は,過去の植民地支配問題として,なおのこされている「北朝鮮との半世紀以上にわたる〈断絶状態〉」を,早急に解決しなければならない立場におかれている。

   現在まで両国の関係がどのような状態であったかはともかく,北朝鮮との国交回復は緊急性を要する政治的課題であり,それも,植民地時代に関する問題処理とその戦後補償ともいうべき懸案事項をかかえている。

   だから,2002年9月17日小泉純一郎日本首相がわざわざ北朝鮮まで出向き,「先方の2代めの独裁者〈金  正日〉」なる人物と直接交渉,ひとまず「日朝平壌宣言」をとりまとめてきた。

     小泉首相は,日本の代表者として北朝鮮を訪問,会談した結果,北朝鮮に対しては明確に,一定の「謝罪」をした。これからの交渉しだいの話しではあるが,「金」「物」についても,なんらかのかたちで解決する方途をさぐることになったはずである。このことは,規定方針といってもよいものであった。

   敗戦後の日本国政府が,かつて「大東亜共栄圏」地域にのこしてきた「旧日本帝国の重たい負債」を,戦争賠償や経済援助のかたちで,アジアの関係各国に対して償ってきたことは,あえて指摘するまでもない歴史的な事実である。

   現日本政府は,上述のごとき「戦争賠償や経済援助」に相当する償いを,北朝鮮〔朝鮮民主主義人民共和国〕に対してだけは,まだ実行していない。だいぶ遅れてしまっているが,これからそれをはたそうとしているにすぎない。

   そうした日本国総代表小泉純一郎首相による外交交渉の経過をとらえて,北朝鮮がかつての「宗主国に,金や謝罪を要求する国があるか」と文句をつけたのが,あのきわめて「品のない」悪相の,しかも退職を目前に控えた「1925年4月10日生まれ〈頑迷固陋〉な老国会議員」,江藤隆美であった。

     かつての日本帝国に,宗主国と称せるほど品位や威厳,度量,優雅さがあったかといえば,とんでもない,2流帝国主義の基本的作法さえもっていなかったことを指摘しておかねばならない。

   江藤隆美なる人物は,そうした過去の汚物・残飯・吐瀉物的な帝国思想を全身に浴びたまま,今日まで生き延びてきたこの国の「選良」,つまり「国会議員」なのである。

   江藤は,「日本の靖国神社参拝」とロシア:赤の広場で軍人の慰霊碑に参ること」とをくらべ,「なぜ靖国参拝に文句をいわれるのか,内政干渉だ」とのたまう。

   だが,両者「日本の靖国」と「ロシアの慰霊碑」の歴史的由来:ちがいを棚上げして〔それをろくに理解もできずに〕,闇雲に単純比較し,非難する発想=暴論じたいこそ,無知蒙昧か,やっとこさ生半可な知識しかない者が,やつあたり的に吐き散らす妄論なのである。

   逆に問おう。それでは,旧日帝が植民地諸国でやってきたことは内政干渉か,と問われれば相違なくそうだといえる。植民地における暴力的な統治支配は,すべてが帝国主義的ルールに則った内政干渉であったといえる。たとえ,帝国主義が植民地に対して武力で威圧しながら「政治的な条約」をむすんで実行したことだったにせよ,そう断定するほかないのである。

   そもそも,江藤隆美の「内政干渉」という用語の「つかいかた」が乱暴なのである。江藤のいいぶんに限定していうなら,内政干渉→「こうしろ」だとか「ああしろ」だとかという点を問題にする以前において,その概念の理解じたいが目茶苦茶,粗雑である。お話しにならない浅薄さ,粗忽さ,デタラメさばかりが目立つのである。

   江藤議員,それでは,日米安保条約下において日常茶飯事であるアメリカの「日本に対する〈内政干渉〉」には,怒らなくてもよろしいのか?   現在,日本はアメリカを「宗主国みたいに仰ぎみている属国」にも映るが,いかがであろうか?   

    アメリカにはまともに口もきけない「江藤のようなタイプの日本の政治家」にかぎって,アジア諸国の人々が日本に対して多少でも批判的になにかいうとすぐに「内政干渉」だとかわめきちらすのである。欧米への劣等感をアジアへの優越感で均衡させうる〔穴埋めできる〕かどうか疑問だが,それにしてもずいぶん情けない情動現象である。

   日本の政治家もいろいろな人材がいると思うが,これほど教養のなさ・野卑・下品さを発散させている人間もいない。敗戦の1945年,江藤はちょうど二十歳になった。この人は,軍国主義時代の帝国主義的・封建主義的な奴隷教育が骨の髄まで染みこんでしまい,いまもなお抜けていない反動国粋主義の持主である。

   もっとも,宮崎県の衆議院第2選挙区から選出された「江藤隆美のホームページ」をのぞくと,憂国の士だとか本当に国の将来を考えるとかいうタイプの政治家ではないことがよくわかる。

 
   私は“よい国を子どもにわたそう”を,政治を志してからの目標としてきました。

   若者たちが自信と誇りをもってる国,故郷をつくるために,景気回復,教育制度改革,行政改革など,直面する諸問題に積極的にとりくみ,国民1人ひとりが不平等感,劣等感を感じなくてすむ社会の実現に努力します。

     宮崎県においては県民のみなさまと総力を挙げて運動してまいりました東九州自動車道,九州横断自動車道延岡線早期着工・完成を図り,これによって農林水産業の振興・地場産業を育成し働く場所をつくります。
   

   http://www.jimin.jp/jimin/giindata/etou-ta.html

   江藤隆美なる政治家は「故郷」=宮崎県の利益・利害をもっぱら追求する政治屋である。国家経綸を高所大所から論じたり,日本の政治家として世界の平和・繁栄のためにも活動してきた人物とは思えない。

   江藤は,いわゆる「道路族」議員である。上述の内容は,宮崎県選出10回の国会議員に課せられた任務は主に,地元に道路をつくることであって,国会議員としての具体的な存在意義もその仕事にあったことを教えている。

    江藤のいう「よい国」とは「よい宮崎県」のことを意味する。したがって,「国民」とは「宮崎県民」のことになる。「国民1人ひとりが不平等感,劣等感を感じ」ることは,「宮崎県民の1人ひとりが不平等感,劣等感を感じ」ることである。

   それゆえ,江藤隆美という国会議員の力点をおく政治活動の目標は,「宮崎県に道路網を整備し,地場産業を育成し働く場所をつくる」ことによって,「宮崎県民の1人ひとりが不平等感,劣等感を感じ」ることを除去する点に向けられている

 
   2003年2月6日『朝日新聞』朝刊は,1面トップ記事でつぎのような報道をした。


衆参 95 議員がわに選挙前献金

国の取引先から 2.2億 
 

 衆参の国会議員95人が代表を務める政党支部が,前回の総選挙と参院選の直前に,公共工事などで国と取引のある企業から総額2億2千万円近くの献金をうけていたことが,朝日新聞の全国調査でわかった。うち自民党が82支部,2億円近くを占めている。

   一部企業は「選挙のために献金した」などと話しており,公職選挙法(特定寄付の禁止)に違反する疑いがある。公共事業を介した政治と業界の癒着ともいえる関係が広がっている実態に,「政治とカネ」が改めて論議になりそうだ。

 特定寄付をめぐっては,自民党長崎県連の前幹事長らが同法違反の罪で起訴され,大島農水相ら一部の閣僚の政党支部でも,疑惑が発覚している。

 朝日新聞は,全国の取材網をつうじ,現職国会議員が代表を務めるすべての政党支部を対象に,2000年6月の総選挙と2001年7月の参院選の直前1カ月あまりのあいだの企業献金を調査した。献金企業が当時,国と契約をむすんでおり,かつ金額が例年より多いなど「選挙に関する献金」と外形的に推定できるケースを集計した。

 その結果,衆院議員87人,参院議員8人の支部が地元の建設会社などからうけた 336件の献金が該当した。自民以外の政党では民主,公明,無所属の会が3支部ずつ,保守,自由が2支部ずつだった(政党名はいずれも選挙時)。

 金額では,江藤隆美元建設相の支部がもっとも多く1810万円。百万円以上が57支部,うち千万円以上が5支部あった。

 公選法では,国と工事請負などの契約をむすぶ当事者から,国政選挙に関して献金をうけてはならないと定められている。

 企業の一部は朝日新聞に対し,「選挙の年は以前から献金を増額している」「陣中見舞いとして出した」などと説明し,事実上,違法献金だったことを認めた。「選挙とは関係ない」「経緯がわからない」などと話す企業もあった。

 政治家がわの多くは,「選挙とは関連がない」「政党活動への通常の献金として処理している」などと,違法性を否定した。その一方で「選挙の年は政党活動が非常に活発になる。それに配慮した寄付だと思う」と説明する議員もいた。また,公明党の白保台一氏は,献金を返還しはじめた。

 公選法では,政治家本人はもちろん,政党支部や政治団体も,こうした献金をうけることを禁じられている。政治資金規正法にもとづく処理がなされていても,公選法上の問題が免責されるわけではない。

 国会では,公共事業受注企業からの献金を一律に禁じる法案を提出している野党がわと,それに消極的な自民党の議論が,今国会の焦点のひとつに浮上している。小泉首相は「一歩でも前進するような措置を講じたい」と答弁したが,足元の自民党の実情が明らかになり,今後の対応にも影響を与えそうだ。
   

  http://www.asahi.com/politics/update/0206/001.html


   もっとも,江藤隆美本人は「選挙前献金〈トップでよかった〉」と開きなおっている。今回問題視された業者からの献金問題は,公職選挙法(特定寄付の禁止)に違反する疑いがあるが,江藤本人は「べつに不正をしているわけでもないし, 弁解しなければならない理由もない」とまったく意に介そうとしなかった。

   江藤のばあい「カエルの面にオシッコ」というよりも「カエルの面に硫酸」という印象……。
   

 『朝日新聞』2003年2月7日朝刊。

   前段で筆者は,国会議員江藤隆美のいう「よい国」とは「よい宮崎県」のことを意味する,と記述した。さらにより正確にいうならば,江藤のいうべき「よい国・宮崎県」とは「江藤個人にとってよい国・宮崎県」にちがいない。

   ここまで書いてきて,筆者は,はたと思いついた点がある。

   それは,宮崎県のおかれた地政的な位置関係のことである。この県は,日本の都道府県のなかでもとくに,国際関係的見地を要求されないで済む地理的位置におかれている。この位置に関する指摘は,同じ九州地方でも比較の材料に福岡県‐長崎県‐鹿児島県などを出して考えてみれば,得心のいくところとなる。端的にいえば,国際性をもつ必要が切実にはない県が,この宮崎県かもしれないからである。


   江藤隆美は,私は“よい国を子どもにわたそう”を,政治を志してからの目標としてきました。……若者たちが自信と誇りをもってる国,故郷をつくる」ことを,政治信条にしていた。

   宮崎県のある若い主婦(22歳)は,自分が中学校でうけた教育を思いだして,こういうことをいっている(『朝日新聞』2003年1月30日朝刊「声」)

   一度だけ中学のとき,美術の先生が平和ポスター作製の資料として日本がした戦争の残酷な写真をみせ,話をしてくれた。韓国の人々の日本人に対するわだかまりも教えてもらった。

   でも,授業は父母らの抗議によって中止になった。

   こうした「父母らの抗議」(自国の暗い過去を子どもたちにわざわざ教えるな!)の後方に控えている人物が,「過去の遺物的な政治家」「旧日帝礼賛者」の江藤隆美である。

   そして,このような「歴史的意識がゼロ,国際性も皆無である国会議員=江藤隆美」を選出する点において,宮崎県民の真意がみいだせるのだとしたら,なんとも「救いようのない県」が九州地方に存在するといわねばならない。

   過去の過ちに目を閉ざすものは未来に新たな過ちをおこす」とは,よくいったものである。「江藤議員」および前掲の「父母」たちは,この警句を述べたドイツ政治家の〈爪の垢〉でも煎じて飲むがよい。
 

    --先述の論点にもどろう。

   江藤のように「植民地で日本は韓国によいこともしたなどといいはる発言は,近隣諸国との付き合い=「外交‐政治面での善隣・友好の交流」を不可能にしてしまうだけでなく,「経済‐文化面の交易・親善」さえ妨げかねないものである。

   それどころか,江藤のいいぶんは,これまで長年の努力を重ねつくりあげてきた,東アジア各国との国際関係をぶちこわすかもしれない〈不逞・無礼・不躾〉なものである。

    ごくたまには,昔日本の植民地だった国々・地域の人間であっても,日本人に対して「日帝はよいことした」といってくれる者が,いないわけではない。韓国人や台湾人の物書きでそういうタイプの人間がいる。日本で彼らは,一部陣営の人びとから大歓迎される書物を,保守・右翼・国粋的な書肆から出版してもらっている。

   しかし,植民地において被支配者の位置に立たされ,差別・抑圧・暴虐をうけ,搾取・収奪・殺人され,不幸・悲劇・悲惨・絶望の目に遭わされてきた人々たちにとっては,その99%以上百%近くが「日帝は悪いことをした」といってきた。

   それなのに,日本人の一部,それも錯乱的・狂信的な歴史感覚の持主,そして,保守右翼国粋の人士である江藤隆美のような頑迷者は,「日帝はよいことした」と断言する。こういう表現は当然,「日帝は悪いことした」という歴史的展開と裏腹の関係でいわれてきたものにまちがいない。

 つぎの枠内に参照する写真は,江藤隆美を国会議員に選出してきた宮崎県〔江藤は第2区選出〕宮崎市〔第1区〕に建てられた「旧日帝による大東亜侵略戦争を正当化する記念塔」である。


◆ 神武天皇の像と「八紘一宇」の文字 ◆

 宮崎市街北西部の高台に平和台公園がある。この花と緑豊かな公園の中心には,世界各地から集めた石を土台にして,高さ37mの「平和の塔」が建っている。

 この塔は,昭和15〔西暦1940〕年に〔日本の(?)〕紀元2600年を記念して建てられた。当時は「八紘之基柱(あめつちのもとはしら)」といった。塔の中央には神武天皇の像があり,「八紘一宇」の文字もある。

 この「八紘一宇」とは,世界を一つの家にするの意で,太平洋戦争期に日本のアジア侵略を正当化するために用いられた標語である。神武(じんむ)天皇が,即位したさいに述べたとされる『日本書紀』のことばをもとに,明治につくられた造語である。

 しかし,この塔も「八紘一宇」の文字も先の大戦で日本が負けて,日陰者扱いなってしまった。しばらくは神武天皇の像も「八紘一宇」の字も外されていたが,昭和46年に塔は「平和の塔」として今風の名前に衣替えして再デビューし神武天皇の像も「八紘一宇」の字も復活した。

 http://www.yado.co.jp/kankou/miyazaki/minitoi/heiwad/heiwad.htm 参照。

 旧日帝の侵略をうけたアジア諸国,およびその国々の人たちの目に映るこの「平和の塔」は,かつての侵略戦争を如実に表現するオブジェ血まみれの塔」となる。この塔の外壁全体には,侵略戦争をおこなっていったさいこの国が全身に浴びた「返り血」血糊となってこびりついている

 

 

   さてここで論及を小泉純一郎首相の話にもどそう。


   
  小泉純一郎を批判する


 
   1)小泉首相は要するに,旧戦前体制を懐かしみ好む「国家主義者」的な「日本の政治家」である。

   その意味で小泉純一郎なる人物は,単なる〈変人〉ではなく,日本の旧い類型に属する「化石型」の政治家である。

   靖国神社は,戦争神社(war [military]  shrine)である。いわば「死に神」が「生ける大衆」に向かって「国家のために有為に死ぬ」ために必要な宗教精神を強要する神社が,靖国なのである。

   「国家のため」であれば,死というものを「はてしなく強要する」「死に神」が鎮座まします神社が,靖国である。このことを,小泉は百も〔千も万も〕承知のうえで参拝にいっている。そう解釈するほかない。

   すでにほかのページでもなんどか指摘したことだが,旧日帝は,軍人たちを「鴻毛より軽い生命」だといってのけ,「一銭五厘」の召集ハガキで日本人男子を兵舎に収容し,アジア諸国への侵略先兵として派遣した。そして,死んだら「靖国神社」に「英霊」として合祀されるのだから満足せよ,死を覚悟して喜んで戦地へ臨めと命じたのである。

   自分の息子や夫,兄弟が戦争にいって死ぬことを喜ぶ者が,いるわけがないではないか。しかし,明治以来,靖国神社はその逆理を強制するため,日本国家が設置した公営の宗教施設である。

   2)旧日本帝国は,明治以来-1945年敗戦まで,東アジア諸国を侵略してきた。そのため日本の庶民たちが軍隊に駆り出された。戦争であったから当然,死者がたくさん出る。

   1945年8月の敗戦まで,日本が繰りかえしてきた「戦争‐戦闘‐紛争の場」において,戦死〔など〕した旧日本軍の将兵たちが,そしてさらに,東京裁判で死刑にされたA級戦犯などの《霊》など2百数十万柱が,そこには祀ってある信じられている

   そうした靖国のもつ実体,宗教的な意味を観察すればすぐわかるように,かつて日本帝国の軍事的侵略をうけ,多大な被害をこうむった東アジア諸国からみると,その将兵たちの「死者」を祀る神社は,存在じたいからして許しがたいものである

    日本人自身にとっても深刻な問題を提示する靖国に祀られている「英霊」たちは,アジア侵略の手先になることを強制され,アジアの人びとに残虐のかぎりをつくしてきた。アジアの被害者たちにとって,過去の怨念が積もりつもった相手=「英霊」を造り祀る場所=「靖国」神社が,どんな施設に映るかいうまでもないことである。    


     中国外務省の楊   文昌次官は,2003年1月14日午後3時半(日本時間同4時半),阿南惟茂駐中国大使を外務省に呼び,小泉首相の靖国神社参拝について,

   「A級戦犯を祀った靖国神社に再び参拝したことに強い不満と憤慨を表明する。首相のまちがった行動は,中国及びアジアの国民感情をいちじるしく傷つけた」と抗議した。
  

   http://www.asahi.com/politics/update/0114/006.html

 


    小泉首相が靖国神社に参拝したことをうけ,韓国の金   恒経(キム・ハンギョン)外交通商次官は2003年1月14日,日本大使館の卜部敏直臨時代理大使を外交通商省に呼び,遺憾の意を伝えるとともに抗議した。

   金次官は「韓国や近隣諸国が何度も指摘し,小泉首相自身,だれもがわだかまりなく参拝できる方法を検討するとしたにもかかわらず,参拝したことに大きく失望した

   「平和を祈願するといいながら戦犯を祀る靖国神社に参拝することは理解しがたい」などと非難した。

 また,韓国政府は「憤怒とおおきな失望感を覚える」との外交通商省声明を発表した。

   盧  武鉉(ノ・ムヒョン)次期大統領の就任を2月25日に控えた時期の「電撃的な繰り上げ参拝」(当局者)に,政府関係者の中には「姑息(こそく)な手段で出ばなをくじかれた」と憤慨する声もある。
  

   http://www.asahi.com/international/update/0114/013.html

 
    敗戦直後,植民地地域に設置されていた数百にもなる日本の神道式神社すべてが,被支配者だった人びとの手によって,瞬時に破壊しつくされた事実に思いをいたすべきである。

   3)すでに天皇家歴代の〈一神〉と祀られている昭和〔裕仁〕天皇が生存中,東條英機らA級戦犯を合祀したあとの靖国神社に参拝できなくなった事由は,明らかである。

   ヒロヒト天皇にとっては,自身の犯した大罪を代わりに背負い霊界に旅立ってくれた「東條英機たちの」に対して「頭を垂れるという宗教儀式」=「上下関係の逆転:逆立ち」は,身震いするほどおぞましいものとなるのである。

   靖国神社という宗教施設は,相手を殺しにいかねばならない「戦い」に出征していく人に対して,その戦いにおいては,自分自身も「すすんで死ねる勇気と覚悟」を与える場所,いいかえれば「戦争を謳歌できる精神的準備」を提供するための霊所なのである。

   4)天皇が「靖国に参拝にいく」といってはみても,戦争にかかわって「彼自身が死ぬこと」は,唯一除外とされねばならないことだったし,かつまた絶対に,そうあってはならないことだったのである。なぜなら彼は,日本帝国臣民たちに対して「戦争で死ぬように督励」しなければならない「高みの立場」=「生き神」の位置に立っていたからである。

   だから,ヒロヒト天皇のために死んだ《忠臣》東條英機らの霊にへりくだるような関係をもたらす礼拝形式は,皇室関係者としてはけっしてあってはならない「驚天動地」=絶対あってはならない「禁忌」だったといえる。というのも,それでは,神国「日本」帝国の「天皇と臣民とのあいだ」における神的秩序が維持できなくなってしまうからである。

   戦前は国家機関であった靖国神社のことである〔陸軍(および海軍)の公的宗教施設だった〕。いまもなお,戦争で死んだ人びとの霊を「英霊」として祀りつづける機能を捨てていない靖国に参拝にいくことの意味を,小泉純一郎がしらないわけがない

   結局「靖国参拝」は,宗教的次元における意味をもった政治家の行為となる。したがって,上段の社説も「公式行事的な靖国参拝は,憲法の政教分離の原則から考えても疑義がある」と指摘したのである。

 

 
防衛大綱の見直し議論加速の考えを表明

 石破防衛庁長官 ■ 

【文中「--以下の文章」は筆者のコメント



 石破防衛庁長官は2003年1月13日夕(日本時間同日夜),日ロ防衛首脳会談などのため,モスクワに到着した。

   同日夜(同14日未明),同市内で同行記者団に対して「前回の大綱から7年経ち,日本の防衛をとりまく環境はおおきく変化した。諸外国も適時適切にみなおしをしており,もし,国民が必要とするなら急がなくてはいけない」などと語り,日本の防衛力の基本計画を定める「防衛大綱」みなおしに向け,庁内の議論を加速させていく考えを表明した。 

   筆者のコメント--石破防衛庁長官のいう国民とは,正確に表現するならば,石破  茂という政治家自身を意味する。さらには,自民党防衛族議員→防衛庁関係の国家官僚:高官のみを意味する。】

 石破氏は,現在の防衛大綱が策定されて以降の情勢の変化として,つぎのものなどをあげた。

   a)   国家ではないテロ組織などによる「新たな脅威」の出現

   b)   国際協調による平和と安定の追求

   c)   軍事科学技術の世界的な進歩

   d)   自衛隊の任務の多様化 

 そのうえで,防衛庁が2001年9月から,防衛大綱のみなおしを前提にすすめている「防衛力のありかた検討会議」の議論を「防衛庁としての方向性を出すべく,急速に本格化させる」と強調した。

   筆者のコメント--石破長官は,アメリカの子分国家である立場から上記の防衛大綱策定以降の情勢に合わせた自衛隊の軍備強化を強調している。】

 石破氏はさらに,議論すべき主な課題としては,つぎの5点をあげた。

   a)   陸,海,空の3自衛隊の統合運用の具体的な態勢

   b)   ミサイル防衛(MD),サイバーテロ対策など,新たな脅威への対応

   c)   国連平和維持活動(PKO)の本来任務化の検討など,自衛隊の任務・役割のみなおし

   d)   3自衛隊の装備や情報の共有

   e)   技術水準やコスト削減をめざした防衛庁と防衛産業のありかたのみなおし

   筆者のコメント--石破長官は,日本国の防衛庁組織の強化,いいかえれば,軍隊としての自衛隊を,より本来の形態と機能を有する実態・内容に高度化したいという意図が明白である。】

   石破氏は合わせて,5年ごとの防衛力の整備計画を定めた中期防衛力整備計画(中期防,2001年度~2005年度)も,今年みなおされる予定であることに関連して,「大綱のまえの中期防で新たな芽は出しておきたい」と指摘し,中期防のみなおしも,将来の防衛大綱のみなおしを念頭にすすめていく考えををしめした。

   現在の防衛大綱は1995年,東西冷戦の終結にくわえ,大規模災害への対応といった自衛隊任務の多様化などをうけて,約20年ぶりにみなおされた。新大綱の策定には,政府の安全保障会議を経て,閣議決定が必要になる。 

    筆者のコメント(Ⅰ)--日本国の周囲をみまわすとき,防衛庁がこの国を守るためには,いったいなにをしなければならないのか,という点を冷静に観察する必要がある。】

   ロシアは日本に,どう対する国か?   

   中国は今後,軍備水準を高め,日米安保条約体制にどう対抗してくるか?   

   北朝鮮は,ミサイル発射という脅し以外に日本に対して軍事的に出る可能性はあるか?    

   韓国は,日本の軍備強化をどのようにみているか? 】

   筆者のコメント(Ⅱ)--日本という国,その過去の歴史を振りかえってみよう。】

   --古代よりこの国「日本」を侵略しようとした大国は,きわめてまれであって,実際にそのような行為をなしとげた近隣諸国は存在しなかった。

   「13世紀にモンゴル部族のチンギス・ハーンがモンゴル高原において,モンゴル系・トルコ系の遊牧諸部族を統一し,モンゴル帝国」を建ててから,1274年:元・高麗軍による第1次日本「征討」(文永の役) 1281年:元・高麗軍による第2次日本「征討」(弘安の役) を,日本は経験している。

   日本は,一度めは九州地方の北部をいきなり襲撃されたが,2度めは敵軍を迎え撃つかたちになった。幸い「神風」と名づけた台風〔大嵐〕によって,攻め入ってきた元軍は完全といっていいほど壊滅した。

   とはいえ,過去日本における千五百年の歴史をみるかぎり,長期間にわたって〔ひとまず10年以上のそれと考えると〕,日本が全国あるいは一部の地域でも侵略支配されたり,あるいはその後占領統治されたりする目には遭っていない。

   唯一,日本の国土全部を支配統治された時代が,第2次世界大戦に敗退したあと,アメリカ軍を中心とする GHQ〔連合軍総司令部〕による「1952年4月28日までの占領期間」であった。

   --筆者は,ある学会〔の関東部会〕で研究発表をしたとき,さきに発表をした報告者が「日本は他国に占領統治されたことがない」といってのけるのを聞いて,それはもうびっくり仰天したことがある。

   社会科学(経営学)の研究者ですら,そういう政治意識をもっているのだから,日本国民一般の歴史意識では,他国に占領され支配された事実が忘却〔あるいは無視〕されてきたのである。

   --いずれにせよ,日本の歴史を回顧してみれば,この国土を他国からの侵略から守る〔防衛する〕ために必要な自衛力〔防衛力〕の水準=実力は,いかなる規模と水準の内容であらねばならないか〔あればよいのか!〕重要な示唆がえられるはずである。

   一言でいえば,前述に紹介されたような石破防衛庁長官の公開した「今後における日本の軍備拡大・強化の方途」は,アメリカ軍に「仕えるためのものではない」のであれば,21世紀になってなお,経済面の低迷を抜けきれないどころか,破滅の道にすら向かっているようにもみえるこの国としては,絶対とるべき方途ではない。


   ところが,2003年1月15日の新聞は,「空中給油機:日米共同訓練を4月にも実施へ 防衛庁」という,以下のような報道をしていた。 

 防衛庁は2003年4月下旬にも,初の空中給油訓練を実施する。空中給油機は今年度はじめて発注し,2006年度の納入予定である。米軍の空中給油機を借りて実施するものだが,装備品の納入前に米国と共同訓練をはじめるのは異例といえる。 

   日米の連携による北東アジア地域の警戒監視体制強化をアピールすることで,核施設再稼働などの動きを強める北朝鮮を牽制する狙いもあるとみられる。 

 訓練は,在沖縄米軍嘉手納飛行場のKC135空中給油機1機を借り上げ,九州西方の東シナ海上空で,F15戦闘機4機をつかい,8人のパイロットをトレーニングするというものである。 

   また,航空自衛隊は2003年6月に米国のアラスカでおこなわれる多国間演習「コープサンダー」にF15戦闘機を初参加させるが,アラスカまでの飛行中も,米軍の空中給油機を利用した空中給油訓練を実施する予定である。 

 空中給油機は,中期防衛力整備計画(中期防,2001~2005年度)で4機を購入する方針が決まっており,1機めは今年度,約240億円で米・ボーイング社に発注した。訓練を前倒しすることで,2007年度からの実用・運用試験期間を短縮,早期の配備をめざす。 

 防衛庁は,空中給油により,戦闘機などの滞空時間が大幅に延び,防空能力の向上につながるほか,国際緊急援助活動などで海外に輸送機を派遣するばあいも,寄港地を減らせ,現地到着までの日数が短縮できるなどと説明している。
     

  http://www12.mainichi.co.jp/news/search-news/868839/8bf392868b8b96fb-0-2.html


        

   
  ● 防衛庁官僚(高級軍人)を批判する ●



   --上述の報道に関しては,2003年1月15日のラジオのニュースは,「騒音低減にもなる」と防衛庁が説明していると伝えていた。

   だが,「空中給油により戦闘機などの滞空時間が大幅に延びる」ことに関して, 航空基地に離着陸する回数が減るから騒音低減にもなる」という説明の方法は,枝葉末節であって,完全に本質をはぐらかすものである。

   さらには,「国際緊急援助活動などで海外に輸送機を派遣するばあい」といういいわけも,ほぼ同様な説明方法だといえる。

   前段の説明のなかには戦闘機〈F15〉しか出ていない。輸送機は大型であり,これに空中空輸するという話しは,筆者は寡聞にしてしらない

   空中給油の本来の目的は,あくまで「戦闘機などの滞空時間が大幅に延び,防空能力の向上」のためであって,上記の説明内容は付け足し風のもの,あるいはごまかしに近いものある。

   筆者はだから,ずいぶん不思議なことを述べる防衛庁だと感じた。以前,航空自衛隊では,「足の長い」つまり,燃料補給なしで〔空中給油も当然ふくむが〕長距離を作戦活動できる〔飛べる〕戦闘機を,日本は保有しないと決めていたのである。

   しかし,このたびの報道は,従来の防衛庁・航空自衛隊の軍事戦略がごく通常の形態にかわったことを確認させるものであった。

    航空自衛隊戦闘機乗員に対して「空中給油」訓練の活動を重ね習熟させるためには,とくにそのための訓練ももっと増やさねばならなくなるゆえ,該当の戦闘機が「航空基地に離着陸する回数が減る」のではなく,逆に「増える」というみかたもできる。

   ともかく,自分たち:関係部署の利害・欲望を達成するためには,理屈にもならないヘリクツを性懲りなく多発する日本の軍部官僚の態度である。そこには,非常に質が悪く,正直でないものが感じられる。

   防衛庁海上自衛隊では「ヘリ空母」の保有実現を狙っている。これが実現したらつぎは通常型空母がほしい,となること必定である。日本国の防衛〔自衛〕のためになにゆえ,ヘリ空母まで必要なのか。

   海上自衛隊では,所有する艦艇〔軍艦〕の排水量をわざとすくなめに表示するため,人間でいえば下着一枚もまとわない「素っ裸な状態での重量」である「基準排水量」で表示するのである。

   だが,それでは,通常の任務に従事し活動する軍艦の現実的な排水量を,あえて避けた数字を出すことになる。これもまた,日本の軍艦〔海上自衛艦〕の姿に関する,ずいぶんセコイ,情報開示のしかたではないか。

   そこで「各種の排水量」を,つぎに説明する。 

  
a) 排   水   量
 

・船を水に浮かべたとき,船が押し退ける水量のことである。

b) 基準排水量   
軍艦に弾薬・燃料など,なにも載せていない状態,つまり空っぽ,純粋に艦だけの自重を指す排水量である。本来,軍艦としてはありえない状態の排水量である。
   
ワシントン条約などの国際条約がむすばれ,保有艦艇の制限をおこなうさいに基準になる単位として考案されたのがこの基準排水量である。
   
・この「基準排水量」が用いられてからは,
とくに明記がないばあい,軍艦の排水量といえばこの基準排水量を意味する。

c) 常備排水量


軍艦が戦闘状態にあることを仮定して決められた排水量で,明治期の帝国海軍で用いられていた排水量はこの常備排水量を指していた。

  ・
「戦闘状態」というのを具体的に説明すると,「弾薬:4分の3」「燃料:4分の1」「真水:2分の1」「飛行機(搭載可能なばあい):2分の1」を搭載した状態である。

・つまり,戦闘行動可能な最低限の状態での排水量を意味する。 

d) 公試排水量


基準排水量,つまり船の自重にくわえて弾薬・飛行機(搭載可能なばあい)を満載し,燃料と真水は3分の2の状態での排水量を指す。

この排水量をなににつかうかというと,戦闘をする海域に到達する状態での排水量となる。

燃料の使用状況を大雑把に

    「行きの航行に3分の1」
    「戦闘行動に3分の1」
    「帰りの航行で3分の1」


をつかうと考えて,行きの航行分の燃料を使用した状態となる。

実際に戦闘をする状態のときの排水量である。 

e) 最大排水量


その船の自重にくわえて,弾薬‐燃料‐飛行機など,あらゆる物を目一杯詰めこんだ状態での排水量を指す。

満載排水量ともいう。

   http://www.ne.jp/asahi/kkd/yog/gf1.htmを参照


   
山田  浩『現代アメリカの軍事戦略と日本』

 法律文化社,2002年11月の日本軍事論 ■ 


     本書『現代アメリカの軍事戦略と日本』は,第1部「レーガン政権下の軍事戦略」,第2部「冷戦崩壊後のアメリカ世界戦略」,第3部「日米安保の『再定義』問題」で構成された著作である。とくに第3部は,最近日本の軍事情勢をめぐって本質的な分析をくわえている。本書の記述を若干参照することをとおして,前段まで論じてきたごとき「日本政府関係者の意図」,いいかえれば「日本の軍隊」強化を図ろうとする「防衛庁の動向」を探ることにしたい。

   ①  1980年代の米ソ「新冷戦」下における日米防衛協力の進展,そのなかでの自衛隊の質的強化には,明らかに「基盤的防衛力」から「所要防衛力」への転換がうかがえる。さらに,新ガイドラインは「旧安保条約の締結(第1次安保)」,1960年の「安保改正(第2次安保)」につづく「第3次安保(新安保)」だとするみかたが,かつての自民党政治家をはじめ,かなり一般的にみられるものである。

   新ガイドラインのもとで日米共同作戦体制が進展することになれば,その困難は十分予想されるにしても,今後ますます重要になるのは日本がわによる主体性の確保である。その具体的内容におけるあいまいさ,アメリカの主導性の強化にあるとすればなおさらである(401-402頁)

   新ガイドラインは,日本への武力攻撃としては,ミサイル攻撃はともあれ冷戦中のような旧ソ連軍型による大量侵攻は想定されていない。もっとも可能性のあるものとしてゲリラ型の奇襲部隊による攻撃が挙げられてきた(404頁)

   ②   後方支援とは,日本政府の憲法第9条解釈でも違憲とされるアメリカ軍の武力行使との一体化,集団的自衛権への踏みこみを避けるために案出された新造語である。後方支援とは「兵站(logistics)」として総括される領域にほかならない。

   アメリカ軍の戦略上の定義は,前線の戦闘地域と後方の兵站との区別はなされるが,それはあくまで概念上の相違にとどまり,実際には両者はひとつの戦争行為のなかで不可分な関係をもつ行動と理解されている。だが,周辺事態法では,自衛隊の対米支援が,前線の戦闘地域とは区別された後方地域での行動であることが強調された。

   なぜ,それにこだわるかといえば,日本領域の公海‐公空における自衛隊の支援活動が,アメリカ軍の戦闘行為〔武力行使〕と一体化することになれば,自衛隊の行動に対する違憲の非難は避けられないからである(413頁)

   ③   だが,前線の戦闘行為と後方支援とを明確に線引きすることはおよそ不可能である。自民党はそんな大事なことを憲法との関係を明らかにすることなしに,いい加減なごまかしで武力行使やそれに関連する行動をなしくずし的に拡大しようとしている(414頁)

   周辺事態法では,支援活動を中断しなければならない。また,事後に不承認の議決があれば,後方地域支援(捜索活動もふくむ)は終了されるとある。はたして,それは可能か。日本独自の判断での撤収はできない。もしそれを強行すれば日米関係は決定的に悪化し,日米安保体制は恐らく崩壊する(415頁)

   アメリカの戦争法規では,兵站活動はもちろん,兵站をささえる施設も攻撃目標となると指摘されている。ところが,日本政府関係者は,あたかもそうではないかのように「口先のいいのがれ」をしてきた(415-416頁)。

   ④   湾岸戦争の後始末として,日本の海上自衛隊の掃海能力が高く評価され,日米掃海共同訓練でも海自の隻数は圧倒的で,アメリカ軍の協力要請が今後ともますます強まることは確実である。

   そこで,紛争国が放棄した機雷は「海に浮かぶ危険なゴミ」であり,これを除去するのはなんら武力行使に該当しない。しかし,これがそのまま周辺事態の掃海に当てはまるかといえば,明らかに問題がある。

   第1にどうやって「遺棄機雷」と認定するのか。公海上に浮かぶ機雷がすべて遺棄されたものとはかぎらず,掃海活動が相手国に武力行使とうけとめられる危険性がある(418頁)

   --1999年,新ガイドライン制定にともない,法改正の第1弾「周辺事態法」が成立した。 この法律によって日本政府は,地方自治体や一般民間人を「一般的な協力義務」(政府解説)として,アメリカ軍のおこなう戦争に動員することができるようになった。

   日本政府の関係筋では以後,この法律「周辺事態法」を実効あらしめるために,日本の自衛隊だけでなくアメリカ軍のための「有事立法」も公然と研究がおこなわれてきた。そして,2003年1月に開催された第156回国会(常会:1月20日から6月18日までの150日間)でも,「有事法制」法案が継続して審議されることになった。

   いうまでもなく日本は,「欧米先進」諸国と並んで世界有数の「西側」先進国となっている。この国が,アメリカのいいなりになって軍事活動する自衛隊づくりにやっきになっているかのように映るから,事態はただならぬ様相である。

   もっとも,「いちおう独立国」である日本国は,世界でも高水準の軍備〔イージス艦や最新鋭の戦闘機など〕をもっているのであるから,アメリカ軍に「顎でつかわれる」ごとき関係〔印象〕を周辺諸国にさらけ出すのは,なるべく回避しておきたい。

   かといって,日本の自衛隊は実質において,アメリカ軍という〈矛〉〈盾〉の働きをするのだという,どうみても軍事戦略には《矛盾》でしかない理屈をいつまでも正面にかかげるのは,あいかわらず不正直な説明である。

   同じ敗戦国であってもドイツ国防軍と日本の自衛隊の差異は,アメリカ軍との従属‐対応‐関係のありかたにおいて,それこそ雲泥の差がある。日本の自衛隊とてもちろん,自国の強い主体性のもとに軍事活動をしようとする欲望をもっているし,現にその方向を懸命にさぐってきている。


   さて,小田   実の最近作『戦争か,平和か-「9月11日」以後の世界を考える-』大月書店,2002年12月は,こう主張している。

   1) 9・11以後の世界に「戦争主義」だけが横行している。

   2)「平和主義」を定めた憲法をもっている国は日本である。

   3)「良心的軍事拒否国家」に未来を見定めるべきだ。

   --小田の本書から興味ある箇所を引照しよう。いずれも,イラク攻撃を決めこんでいるアメリカ合衆国〔小田は「合州国」と表記〕,そしてこの帝国的民主主義国に追従しかできない日本国に対する,根幹的な批判を提示したものである。

   ★1 アメリカの属国「日本

   「軍事にあっては,力の強いがわが弱いがわの優位に立って支配する。世界の強者アメリカ合州国が戦後,万事,日本の優位に立ってきて不思議はない。優位は政治・経済・国全体のありかたにおよぶ」。「軍事を最優先課題とする〈安保〉という名の軍事条約が国全体のありかたまで,いかに力をおよぼしているかの事実だ。強国が強いる軍事条約は国の政治の基本の憲法をも左右する力をもつ」(181-182頁)

   「アメリカ合州国がつくり出した有事に対して,今,世界がオタオタしながらついていっている。これが今日の世界のさまです。そのオタオタしながらついていっているなかの最先鋒が,日本です」(10頁)

   「有事法制ができれば,日本は完全にアメリカの〈属国〉になります。ヨーロッパ諸国は異論があってなかなか〈属国〉になろうとはしない。アメリカの一番忠実な部下が,戦後の歴史のなかでまちがいなく日本だったのですが,〈9・11以後,日本ではさらに完全にアメリカにつき,したがい,ささえる体制ができあがりつつある。〈有事法制〉が完全にできあがれば,アメリカはそれに乗っかって,いくらでも有事の拡大ができる。その認識を私たちはもつべきです」(14頁)

   「日本がアメリカ合州国の尻馬にのって〈正義の戦争〉の後方支援を務めることは,アメリカ合州国の〈核〉攻撃,〈核戦争〉の協力者,いや〈共犯者〉になることです。これでは世界で唯一の被爆国が〈核〉攻撃,〈核〉戦争をする国になる。いったい,これはなんだという気がします」(180頁)

   「今日でも,たとえばイラクが日本を攻めにかかってくるとはいくらなんでも想定されていません。そこでの理屈づけがなんであれ,そのはるか彼方の〈××〉--イラクに向かって,日本はアメリカ合州国の尻馬に乗って攻めにいきます」。「いや,これは〈攻撃〉とはちがう,ただの〈後方支援〉だといってみても,先方--攻撃されるがわからみれば,ことは同じです。自分を攻撃してくるアメリカ合州国の戦列に日本は連なってみえます」(156頁)

   「下手をすると,ベトナム戦争においてアメリカ合州国の〈共犯者〉としての〈侵略〉の〈加害者〉であった事態をくりかえすことになるのではないか」(183頁)

 
     
和田秀樹『愛国者魂』太陽企画出版,2002年11月は,日本は「アメリカの腰巾着でいいのか」という一節を設けている。

    a)  アメリカの属国ぶりを露呈した日本

   「前のイラク攻撃のさいも,イギリスと並んで真っ先にアメリカ支持を表明したのは日本だった。もうすこし,いろいろな国の反応を待ってからでいいものを,なんでもアメリカの味方のようにふるまう。イスラム原理運動が力をつけ,サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連合)でさえ反米的な気運が高まっているというのに,これは危険きわまりない。よしんばテロの対象にならなくても,第2のオイルショックは十分ありうる」(46頁)

   「日本が間抜けにも真っ先にアメリカに支持を表明すれば,テロに対する警戒が厳重で,第2のハイジャック,同時テロがやりにくくなっているアメリカの代わりに日本がみせしめに攻撃される可能性もすくなくない。アメリカを支持するのはかまわないが,頼むから〈真っ先〉というのだけはやめてほしいのだ」(47頁)

    b)  有事法制は必要か

   「こう考えると,ガイドラインをはじめとして,憲法を改正してでもアメリカの敵国に日本も共同攻撃するという条約の締結がいかに危険かがわかる。国が貧乏なのにいいわけにして,のらりくらりと逃げているほうがよほど賢いわけだ。……日本の間抜けな政治家たちは,皇居がハイジャックされた飛行機に突っこまれるくらいの目に遭わないと,いかに自分たちが反国防的な外交をしているかに気づかないのだろうが」(47-48頁)

   「9・11同時テロで,いろいろな意味でアメリカのいうことを無批判的に聞いていることの危険性を痛感させられたわけだ。……今回の小泉内閣の動きは,無理にでもこの問題を国際問題として,憲法を無視してでも派兵に協力しなくてはという焦りが強かった。コリン・パウエル国務長官のほうはむしろ,終戦後のアフガン内政問題で協力してほしい,といっていたにもかかわらずだ」(49頁,52頁)

    c)  フセイン・イラクへの攻撃予定は経済問題でもある

   「ついでいうと,イギリスだって中東問題で真っ先にアメリカを支持するのは,BPのようなメジャーを有するうえ,北海油田のおかげで産油国になっているから,中東が荒れるほうがイギリスの国益にかなっているということを忘れてはいけない。まったく国益にもならないのに,アメリカの尻馬に乗って反イスラム的な態度をとる危険を思いしったほうがよい。彼らは経済で戦争をやるのである」(48頁)

    d)  日本の防衛問題

   「アメリカを追っぱらったフィリピンがどこかの国に攻められたというのか?」(54頁)

   「東西冷戦が終結したという枠組で,日本も,本気で国益を考えた選択をおこなわないと,生きのびていけないという情勢は,むしろ複雑で深刻になっていることを肝に銘じてほしい」(55頁)
     

   ★2 「アメリカ=関東軍」の隷下国「日本

    「いま,アメリカ合州国という名の〈関東軍〉の暴走は自由の国,そのはずのアメリカ合州国内部の自由の弾圧,人権の蹂躙などさまざまに民主主義国ならざる事態を惹きおこしつつあります」(小田『戦争か,平和か』へもどって,148頁)

   「日本はいま,経済困難におちいっています。そのために聖域なき〈構造改革が必要だと,首相は叫び上げています。大銀行,大企業といえども,必要あらばつぶす--とまでいっています。しかし〈聖域〉はひとつあります。それは軍備,自衛隊についてです。どうして〈構造改革〉は,そこまで踏みこんで,軍事費を大幅に削減しようとしないのか。軍事費の多くは,いま,アメリカ合州国の際限ない〈関東軍〉行動の〈後方支援〉にとって必要なものになってきているのではないでしょうか」(190頁)

   「有事というと,なんとなくきれいなことばに聞こえるけれど,実質は戦時体制下です。戦時をつくり出したのは〈関東軍〉。〈関東軍〉が戦時を日本の国内にもちこむ。戦時にふさわしいものをつくれ,法制度の社会全体も。これが軍国主義です。日本はそうなっていった。歴史がそれをよくしめしています」(19頁)

   「かつての植民地,半植民地の支配者,西欧諸国とその驥尾に付してみずからの帝国主義を実践した日本の支配は完全に消滅したことになったか。また,西欧,日本が加害の過去を根本的に反省し,その反省のうえに被害者の植民地,半植民地とともに対等,平等の立場で新しい世界の構築に尽力してきたか。ふたつとも疑問だ」(90頁)

   「要するに,イギリスとかフランスとかアメリカとか,はたまたロシアとか,他の有名国もほかの国に攻めいって,植民地にしたのだ,殺戮したのだし,泥棒したのだ,日本が同じことをやってなぜ悪い,につきるからです〔先述に出てきた江藤隆美の妄言はその実例である〕。まったく目クソ鼻クソを笑うのたぐいで,目くそ,鼻クソの日本に誇りをもて,愛国心をもて,といわれてもしかたないことです。私は,こんなことを居丈高にいわれている日本の若者たちがつくづくかわいそうな気がします」(202頁)

 ★3  アメリカと天皇国「日本

   「天皇にしろ,責任ある人物が殺戮の対象にならずに責任のない,すくなくとも彼らにくらべればはるかに責任のない,遠いただの兵士,人間が殺される」(106頁)

   「現代の戦争で殺された人間には,民間人が圧倒的に多いことです」(31頁)。 

   「アメリカ合州国は不正義の戦争の最高責任者の天皇の〈戦争犯罪〉を裁判にかけて追及することはしませんでしたし,もちろん,原爆投下という〈戦争犯罪〉の最高責任者のトルーマン大統領の責任を問うことをしなかった」(87頁)

   ★4  正義の戦争の欺瞞性,対する平和主義

   「〈正義の戦争〉をするがわは,〈不正義の戦争をする〉がわを敵として戦う。この敵はあらゆる不正義の手段・武器をつかう。〈正義の戦争〉がわは,この敵になんとしてでも勝たなければならない。敵が不正義の手段・武器をつかうなら,こちらもそれを凌駕する不正義の手段・武器をつかう。つかって勝つ。しかし,それは〈正義の戦争〉が,敵が毒ガスをつかうなら,生物兵器でくるなら,こちらは核兵器だ。核兵器で一挙に何十万人,何百万人を殺す。それでも殺すがわはすこしは生きのび,勝利をおらびあげることができるかもしれない。しかし,殺される何十万人,何百万人にとって,これは〈正義の戦争〉か,そのときの〈正義〉とはいったいなにか(113頁)

   「〈民主主義と軍隊は両立しない〉という認識を世界ではじめて根本に据えたのが,日本の戦後の憲法-〈平和憲法〉だったと考えます」(131頁)

   「いま,私たち日本の市民がすべきことは,せっかち,やみくもに〈改憲〉を論じ,動くより,あるいはただ〈護憲〉を叫ぶより,〈平和主義〉の原点に立ちもどって,いかに日本が〈良心的軍事拒否国家〉として〈市民的奉仕活動〉の〈平和主義〉の実践をおこないうるかを真摯に考え,論じ,実践することだ。国を挙げての難民救済,世界の〈反核〉の実現,〈途上国〉の債務の軽減,解消,平和交渉の仲介,実現,あるいは個人の〈良心的兵役拒否〉と組みあわせての若者たちの災害救援--なすべきことは山とある。それは世界を助ける。平和に貢献する(151頁)

   ★5  国民概念と市民概念の相違点

   「〈市民〉は本質的に〈平和主義〉です。〈平和主義〉で存在し,生きていくものとしてある。この本質的に戦争をしない,無防備な〈市民〉は,もし〈国家〉の軍事力であれ〈テロリスト〉のそれであれ,軍事力で攻撃されれば,ただ〈殺される〉存在です。自分が殺されないために,それこそ世界全体のありかたを,〈国家〉の〈われら〉中心のものから,〈社会〉の〈われ=われ=われ……〉中心の〈平和主義〉の世界に〈市民〉自身の努力によってかえなければならない(220頁)

   「〈国民〉と〈市民〉の乖離がこれもまた〈民主主義と自由〉の歴史ある,アメリカ合州国よりさらに古いその歴史を誇るイギリスのロンドンで,最近もっとも明確にみられたことです。……2002年9月28日,ロンドンで過去最大のデモ行進といわれる警察発表で15万人参加(主催者発表では40万人)の〈反戦デモ〉がおこなわれました。……とくに書いておきたいのは,そこでの集会にも参加して演説したロンドン市長が,ロンドン市民よ,このデモ行進に参加して,反戦の叫びをあげよ,とデモ行進に先立って発言したことだ。市長みずからが,イラク攻撃にアメリカ合州国につきしたがってすすもうとするイギリスの〈国民〉であるよりは,戦争に反対する〈市民〉であれと叫びかけていました(218-219頁)

   「〈市民〉は本質的に民主主義,自由を求めます。そして,この〈市民〉の本質的な民主主義は〈市民〉の本質的な平和主義とむすびついた民主主義です」(221頁)

   「そうした〈市民〉の〈われ=われ=われ……〉の〈グローバリゼーション〉を,強力な〈国家〉を中心としてかたちづくられる政治・経済・軍事・文化にわたっての〈グローバリゼーション〉の強行‐強制のなかで,それこそ〈われ=われ=われ……〉は,いまなによりも必要としています。〈市民〉の〈われ=われ=われ……〉の〈グローバリゼーション〉を欠くとき,それが十分に形成,維持されないばあい,〈市民〉はそれぞれの社会で〈国家〉〈国民〉の名のもとに押さえつけられ,奪われ,棄てられる。いま,すでに世界はそのきざしをみせています」(220頁)。 

   ★6  日本は殺すがわに立つ国か?

   「〈殺してはならない〉はその本質において,〈殺す〉がわ,〈する〉がわの倫理・論理です。それに対して,〈殺されてはならない〉は,〈殺される〉がわ,〈される〉がわの倫理・論理,あるいはあくまで〈殺される〉がわ,〈される〉がわに立とうとする倫理・論理です。人間はいかなる理由,大義名分にもとづこうと殺されてはならないのです」(230頁)。 


   以上,小田   実『戦争か,平和か-「9月11日」以後の世界を考える-』の主張は,筆者がこのホームページ〔のほかのページ〕のなかですでに披露した見解につうじるものである。小田〔や和田〕のような見解に対する反論・反撥としてよく登場する意見は,ある一定のかたちをまとったもの〔ワンパターン〕であるから,ここではとりあえず論及しないでおく。


   つぎに,武藤一羊『帝国の支配/民衆の連合-グローバル時代の戦争と平和か-』社会評論社,2003年2月は,日本政府およびその代表者である小泉純一郎首相を,こう批判する。

 なお,以下に参照する同書の文章は,アメリカ「帝国」によるアフガニスタンに対する戦争行為を非難したものであるけれども,2003月3月20日,サダム・フセインが独裁‐支配するイラクに対して開始された米英の戦争行為についても,まったく同じに妥当する内容である(同書,60-61頁)。若干,筆者の議論〔「--」以下 黒字の部分〕も添えるかたちでの記述となる。

   1) この戦争は,戦場となるアフガニスタンの民衆に対する理不尽な非人道的行為である。攻撃を軍事目標にかぎるなどいうのは,末梢的なことにすぎない。自国を襲った「テロリスト」を捕らえるために,20年にわたる戦争と干ばつによる飢餓と抑圧に疲弊したその民〔彼ら・彼女らはテロリストではない〕を,もう一度戦火に巻きこんだのである

 すでに 650万人が難民となっている国で,新たにおびただしい民衆を難民化し,社会を破壊する。そして,お手盛りの親米政権を据えつける。爆弾といっしょに食料を投下するおぞましさ,世界一豊かな国が世界でもっとも貧しい国に高度ハイテク兵器を動員して襲いかかり,得々として戦果を発表する光景に,私はことばをうしなう。

 --さて,こんどの,2003年3月20日にはじまったイラクに対する米英連合軍の侵攻は,一方的に優勢な展開をみたのち,こういう結末となった。

 ブッシュ米大統領は,米東部夏時間5月1日夜(日本時間2日午前),カリフォルニア州沖を航行中の空母エイブラハム・リンカーン艦上から全米に向けて演説し,イラク戦争開戦から6週間で,大規模な戦闘作戦の終結と「戦闘での勝利」を宣言した。開戦の大義名分とした大量破壊兵器が発見されないことなどから「終戦宣言」はできなかったが,意識的に戦時局面を一段落させ、次期大統領選を視野に入れた内政重視路線に軸足を移そうという狙いとみられる(http://www.mainichi.co.jp/news/article/200305/02e/019.html)

 アメリカは要は,自国の政治的および経済的な利害・関心を至上目的においたうえで,イラク攻撃を実行したのである。イラクの一般大衆に甚大な人的・物的な被害を与えたこの侵略的戦争行為は,イギリスの軍隊を連合軍に駆りだし,あるいは日本やスペインなどの軍艦も出動させておこなわれたものである。

 だが,この戦争行為はけっして,イラク在住の国民・民衆のためのものではなかった。米英はじめ日本やスペインなどは,アメリカとイギリスの現代的帝国主義者の主導した戦争行為によって,イラクの人々に対して新たな不幸・災厄をもたらすことに率先協力した。アメリカは,国際的次元のテロ行為によって自国に人的・物的な被害・不幸が生じたとき,それはもうヒステリックになってわめきちらし,その加害者:テロリストを非難した。

 しかし,今回の米英両国軍によるイラク侵略戦争は,イラクの一般大衆に千人以上の死者と万人単位の負傷者も出したとみられる。この結果もとらえてブッシュ大統領は,「イラク戦争での大規模な戦闘作戦の終結と〈戦闘での勝利〉を宣言した」つもりか。彼は,いったい「なにに勝利し,なにが終結した」といったのか。自己陶酔,勝手な満足,我利我利亡者的な米国の姿が浮かんでくる。

   2)小泉政権が「日本全体」を道連れにして特攻精神で飛びこもうとしているのは,そのような戦争である。ふたつの卑小な動因が彼らの背中を押している。

 ひとつは,「国際社会」実はアメリカ,におきざりにされることの恐怖から,飛びきりの忠誠を披瀝したいとする〔純一郎の〕卑屈な動機である。ふたつは,今回の事件を突破口に,戦後平和主義を廃棄して国家中心の社会に日本をつくりかえる過程を,一気呵成に突っ走るという〔民主主義のルールを無視した〕便乗主義の動機である。

 小泉自身,「法律的一貫性や整合性を問われれば,返答に窮する」と自認する急ごしらえの報復戦争参戦のために法案を1週間で成立させ,上海 APEC でブッシュに評価してもらうというわけである。

 --日本政府,そしてこの国の宰相の卑屈で矮小な民主主義(?)政治精神が問題である。日本という国の21世紀は,20世紀後半に某国に強制されつつ積み上げてきた新憲法の精神とこの基本路線を破壊していく道筋をたどるほかないのか。

 小泉政権が成立してからまる2年以上が経った。日本社会の全般的様相は,ただ一筋に悪化していくほかなく,しかもこれに歯止めをかけるような抜本的な対策が〔もちろん政治思想も〕登場するような気配も全然ない。どうして,このような体たらくの政権が維持できているのか不思議である。

 いずれにせよ,小泉純一郎という総理総裁の個人的な限界・制約は,明々白々である。なるべく早い選手交代が望まれる。

   3)憲法も積み上げられた憲法解釈もいっさい無視して,とにかく自衛隊を戦場に派兵し,アメリカ軍に合流して,その傍らで「旗をみせ」ようとしているのである。

 愚劣,浅薄,危険な政治である。なにを問われても小泉は「テロと闘うために日本はできることすべてやる!」と,熱に浮かれたように同じ文句をおらび上げるだけである。そして,法案を審議する国会はその「テロ」の定義も,背景もまったく議論しようとしなかったのである。

 「なぜか」という問いそのものが欠如しているのである。

 --最近において日本政府は,文部科学省の教育政策をとおして学校の現場で子どもたちに対して,日本という国家に対する「愛国心」を強制する行政管理体制を強めてきている。そのめざすところは明らかであって,小泉純一郎のような人物が一国宰相を勤めながら「国民(!):日本民族(?)」に強要しようとする「国家主義的な価値観」を,そのまま黙って,問答無用に受容する人間=日本人〔!?〕を養成することだといえる。

 世界全体のすみずみまで国際化が広く,深く浸透する時代である。にもかかわらず,実質において「自国:一国」にしか通用しえない《愛国心》を一方的に強制して植えこむような,学校現場での国家主義イデオロギー的な教育は,いわゆる「国際人」を育てる方向とは異質の人間類型を育成させることにしかつながらない。

 日本政府文部科学省が子どもたちに「愛国心」を強制する教育行政は,以上のごとき疑問に答えうるなにものも,もたない。「愛国心」の必要性に関する理由説明に関してはただ,「他国の人びと」がしめすだろう「異質の愛国心」の心理・心情が理解できるようにするために……というような,実に奇怪な「没主体的」な理屈が消極的に提示されるだけである。

 だが,そこに意図され隠されているものは,明治以来の旧日帝的な愛国精神の復活である。いま,日本の学校教育の現場においてのさばりはじめているのは,子どもたちに対して「問い」の創造的な展開を拒むそれである。現状日本における民主主義の状態は,敗戦以降いかほど進展,成長したといえるかおぼつかない事実がみごとに露呈している。


   
『朝日新聞』『毎日新聞』vs『読売新聞』『産経新聞』

 4大紙の報道姿勢の比較 ■ 

   
   筆者は以前,佐高 信が『日本経済新聞』を揶揄して名づけた「日本財界新聞」という表現を,さらにきわめて「日本政府新聞」と改称したことがある。ところで,今朝〔2003年2月2日〕配達された『朝日新聞』の折りこみ広告のなかに,朝日新聞社みずから読者に配布したものがあった。これには,つぎのような〈記事〉が記述されていた。
   


9・11 テロに対するアメリカの軍事行動を
   

 

支持する

中    立

支持しない

朝 日 新 聞

        29%

        14%

        57%

毎 日 新 聞

        21%

           7%

        72%

読 売 新 聞

        80%

        20%

           0%

産 経 新 聞

        62%

        23%

        15%

 


   日本の自衛隊の海外派遣を
   

 

支持する

中    立

支持しない

朝 日 新 聞

        47%

           4%

        49%

毎 日 新 聞

        21%

           7%

        72%

読 売 新 聞

        77%

        23%

           0%

産 経 新 聞

        85%

        15%

           0%

 

   以上2点の統計資料は,上智大学教授藤田博司ゼミナールの学生たちが,2001年9月12日から10月14日まで,朝日新聞‐毎日新聞‐読売新聞‐産経新聞4紙に掲載された「識者評論」(朝日新聞では「私の視点」)を,「9・11テロに対するアメリカの軍事行動」と「日本の自衛隊の海外派遣」に関して,各紙がどのような意見を載せたかを調べたものである。

   この結果をもとに藤田教授は,2002年1月の新聞通信調査会報に「朝日新聞,毎日新聞のほうが,読売新聞,産経新聞にくらべ,より幅広い意見を紹介していた」と報告している。

   --この調査資料に関連して筆者の判断をしめすならば,日本経済新聞は一貫して,読売新聞,産経新聞に近い論調であったことを指摘しておく。

   筆者は,ふだんの授業のなかで紹介する資料として,新聞のスクラップ〔など〕を多量に配布する。あるとき学生に「先生は朝日新聞を多用する」と指摘されたことがある。授業に提供される「資料としての新聞紙」が偏っている,というのである。ちなみに,筆者の購読している新聞紙は,朝日新聞と日本経済新聞である。当然,この2紙からの記事が多く利用される。

   しかし,筆者には反論がある。2001年のことだったと思う。日本皇室の一員である人物が,韓国・朝鮮と日本との歴史的に深い因縁〔もちろん韓国・朝鮮→日本の流れ〕に触れる発言もふくむ記者会見をした。このとき朝日新聞は,その発言部分もとりあげる記事をもって報道していた。しかし,日本経済新聞はその発言部分をまったくとりあげない記事で報道していた。

   筆者はともかく,その「皇族記者会見」を報じる日本経済新聞上の該当記事をくまなくみてみた。しかし,日本経済新聞は皇族が発言した内容のうち「その点に関する発言内容」だけについてはまったく無視,記述していないのを確認した。したがって,これはどうもおかしいと感じた。

   どうやら日本経済新聞は,日本が韓国・朝鮮と歴史的に深いつきあい,いいかえれば「親密な関係にあった時代が長くあった事実」そのものに目を向けたくないかのようにうけとれる,言論機関としての〈体質〉を備えている。それゆえ再び,なにかがおかしいと感じた。

   上掲2表の統計資料は,日本経済新聞を調査の対象にとりあげていない。とはいえ筆者は,朝日新聞・毎日新聞」社に対峙する布陣に立つ「読売新聞,産経新聞」という新聞社に,ぜひ「日本経済新聞」社をくわえておきたい。

 

 

  ※ とりあえず,2003年1月31日まで執筆分に,以後 順次 加筆。