直線上に配置

 
2002年夏‐秋‐冬に考える外交政治問題

オキナワ有事法制法案-


直線上に配置


主 要 目 次

 ■日本敗戦 と 昭和天皇■

 ■小泉首相 と 靖国参拝 と 自衛隊■

 ■有事法制法案とアメリカ帝国と自衛隊■

 ■北朝鮮工作船事件と海上保安庁の蝉変■

 米軍が核兵器をつかうといったら,同盟国日本はなんとするか

 ■日本国憲法の意義をみいだし活かす時期

 ■民主主義の真価が問われる日本■




 日本敗戦 と 昭和天皇


 

    昭和天皇とマッカーサー元帥のなさぬ仲


 2002年8月5日の朝日新聞朝刊は,敗戦後日本が占領されていた時期において,昭和天皇と連合国総司令部(GHQ)最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が頻繁におこなった会見のさい,通訳を務めていた外交官が克明に書きのこした手記がみつかったことを報じた。

 講和交渉や独立後の日本の安全保障,朝鮮戦争の情勢など,高度に政治的な内容が詳細に語られていた。これまでの会見は,ごく一部しか明らかになっておらず,戦後史の空白を埋める貴重な史料である。

 その人物の氏名は,外交官の松井 明である。GHQ最高司令官だったマッカーサーに昭和天皇が会見したのは,計11回である。そのうち,第8回から第11回めの会見〔4回分〕において松井 明が通訳を務めた。また,マッカーサーが解任されたのち,GHQ最高司令官の地位に就いたリッジウェー中将との7回にわたる会見すべてで通訳を務めたのも,松井 明であった。

 今回みつかった松井「手記」をとおして,敗戦後日本が占領されていた時期にあって,昭和天皇がどのような政治的役割をはたしてきたかが判然となる。つまり,1946年11月3日に公布され,1947年5月3日に施行された新「日本国憲法」にふさわしくない政治的行為,すなわち〈象徴天皇〉たる役目を十分わきまえるにいたっていなかった旧日本帝国天皇:〈大元帥〉裕仁氏の,「憲法違反」的な,政治上の画策行動がよりいっそう鮮明になったのである。



  昭和天皇とマッカーサーの主な会見内容

 豊下 楢彦 関西学院大学教授〔国際政治論〕は,今回の松井「手記」に関する論評:「生々しい1級資料公式記録の公開を」,を与えている。この論評から要点を汲んでみよう。

 
1) 昭和天皇とマッカーサーの第3回の会見は,1946年10月16日であったが(このときの通訳は寺崎英成),この会見当時はなお旧憲法下にあり,天皇は《国家元首》として,マッカーサーとの「トップ会談」に臨んだと観察される。

 
2) 両者の最後の会見〔1951年4月15日〕では,昭和天皇が東京裁判〔極東国際軍事裁判〕についてマッカーサーに「謝意」を表していたが,これは,裕仁氏の「みずからの不訴追にかかわる発言」であって,同裁判が「日米合作」であったことを裏書きするものである。

 
3) マッカーサー「元帥」の後任リッジウェー「中将」との会見で昭和天皇は,あたかも「大元帥」が軍の責任者に下問するかのように,朝鮮半島での戦況をくわしく聞くなど,「高度に軍事的」という以外にない〈内容〉である。

 この文脈において,共産主義の攻勢に対して原子爆弾使用の意思を問う発言を,昭和天皇はしていた。こうした問いかけには,外務省という政府機関を無視したかたちで,安全保障問題でマッカーサーと議論を交わしたりしてもおり,占領期日本政治における「二重外交」に通底するものがある。

 そこにうかがうことができるのは,共産主義から天皇制を守りきろうとする強烈な意思と,「天皇リアリズム」ともいうべき冷徹な,裕仁氏の情勢判断である。

 
4) このように松井手記「文書」は,新憲法下の施行後においても,天皇と最高司令官との会見が文字どおり「トップ会談」であったことを明らかにしている。だからこそ,当時の日本首相吉田 茂は,会談内容を探るため松井に通訳を命じたのである。

 
5) 今回はじめて明らかになったことがある。マッカーサーは新憲法9条と国連への期待を論じているが,これに対し天皇が国連への不信と米国の日本防衛を求めたことは,天皇自身の意を体した行動だったという解釈すら可能である。

 昭和天皇は,マッカーサーとの第9回の会見〔1949年11月26日〕では,朝鮮戦争の可能性さえ指摘するなど,内外の共産主義の脅威を強調し,これをうけてマッカーサーも,全面講和の困難さと暫定的な米軍駐留の必要性を認めた。



   昭和天皇の戦争責任と戦後問題

 さて,以上の論評をつうじてわれわれは,昭和天皇をめぐって,なにを考えればよいだろうか。

 
1) 昭和天皇に戦争責任はないとする,これまで日本社会に根強く浸透してきた「俗説の誤り」がある。

 「満州事変」以降敗戦まで,裕仁氏が日本の戦争をいかに指導してきたかについては,最近作の山田 朗〔明治大学文学部教授〕の秀作『昭和天皇の軍事思想と戦略』(校倉書房,2002年)がある。

 山田の同書が明らかにしたことはなにか? 昭和天皇は,太平洋戦争〔大東亜戦争〕の開始に当たって,いかなる意味においても関与しておらず,だからその責任もないとするような歴史解釈は,とんでもない誤論であることである。

 山田『昭和天皇の軍事思想と戦略』は,こう指摘する。「昭和天皇の軍人としての情勢判断はけっして平凡なものではないし,戦争指導・作戦指導に対して天皇がそそぎこむエネルギーは並々ならぬものがあった」
(同書,259頁)

 敗戦後に開廷された東京裁判においては,太平洋戦争開戦時の首相だった東條英機が昭和天皇の責をすべてかぶり絞首刑になった事実〔駆け引き:やりとり〕は,すでに周知の「歴史上の一齣」である。

 しかし,それ以上に,敗戦後の日本に対して決定的な影響をおよぼした連合軍総司令部最高司令官との会談を,昭和天皇がその公式の資格もなしに勝手におこなってきた真相が,重ねて明らかにされたのである。もちろん,そのように相手をしむけた連合軍総司令部最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥などの責任もあるゆえ,問題はおおきく,非常に重大である。

 そのころ,日本の首相は吉田 茂〔など〕であったが,この政治家は戦前に中国東北=満州の日本領事を務めていたこともあり,戦後も天皇に対してはなお,「臣」という封建的主従関係のことばをつかった人物である。

 すなわち,敗戦後しばらく連合軍総司令部(GHQ)の占領支配下にあった日本では,元首であるべき吉田首相〔など〕をさしおいて,象徴になったはずの「人間天皇」が一国政治の航路を決めることに積極的に関与してきたのであって,基本的にまちがった〔ルール違反の〕政治・外交路線がおこなわれたことは明白である。

 山田『昭和天皇の軍事思想と戦略』にすこし聞いておこう。

 --敗戦後,天皇の外見は軍装から背広に代わり,昭和天皇は,国民のなかに流布した大元帥としてのイメージを払拭していくが,みずからの大元帥感覚はしばらく抜けなかった。

 いわゆる
「沖縄メッセージ」はその最たる例である。1947年9月,天皇が「アメリカが沖縄をはじめ琉球の他の諸島を軍事占領しつづけることを希望している」こと,それがソ連の脅威に対抗する日米両国にとって利益になること,占領は主権は日本にのこしたかたちで,25年ないし50年といった長期のものがよいと天皇が思っていることが,GHQ関係者に語られ,ただちにマッカーサーにも伝えられた。

 アメリカは,結果として天皇がわの意見をとりいれた。したがって,昭和天皇の判断と「希望」は,沖縄の戦後に決定的な役割を演じたのである。

 それが天皇自身の考えにもとづく提案であったことは,のちに天皇が侍従長だった入江相政に語っているところである。この
「沖縄メッセージ」のように,昭和天皇は敗戦後の被占領期,日本政府の頭ごしに〈保守勢力の代表〉として二重外交を展開していた。

 日本国憲法の制定後の時期においても,天皇がそのような国家の重大な決定に,しかも政府とは別経路で関与していたのは,戦前的な大元帥感覚の残存としかいいようがない。国民のなかの大元帥の残像は抹殺されていったが,天皇自身のなかに大元帥は生きのこっていたのである
(山田,同書,325-326頁)

 
2) 日本はまた,敗戦後長いあいだ,沖縄を米軍の基地(ある元日本首相の表現によれば「不沈空母」か?)として使用させているが〔満57年以上!〕,こうした日米関係をもたらすのに不可欠の介入〔進言!〕をしたのが実は,昭和天皇であった

 裕仁氏は敗戦後,自身の「天皇責任の追及」をのがれるため,アメリカ軍への〈献上品〉として沖縄を差しだしたのである。彼はまた,「単独講和条約」の早期締結に向けて,アメリカ政府へ向けてメッセージを送り,激励した。

 その講和条約の発効日は,1952年4月28日であるが,沖縄ではこの日はいまでも「屈辱の日」とよばれている(伊藤成彦『物語日本国憲法第九条』影書房,2001年,182頁)

 裕仁氏の息子である現・平成天皇の明仁氏が天皇在位十周年を祝う行事をおこなったとき,アトラクション要員の1人としてよばれた沖縄出身の人気歌手安室奈美恵が日本国歌を歌わなかったことをとらえて,これを非難する向きがあった。

 しかし,昭和天皇あるいは皇室そのものを,沖縄人が複雑な気持でみていることは忘れてはならない。太平洋戦争中,沖縄本島で1945年4~6月におこなわれた戦争=戦闘では,自分の家族をうしなっていない人間がいないくらい,沖縄人は甚大・悲惨な被害をこうむったのである。

 しかも,沖縄は日本本土決戦に備える「捨て石作戦」のためのひとつの島とみなされたのである。また,守備に当たった日本軍の沖縄人に対する横暴・差別・残虐もひどいものであった。沖縄戦は,軍隊というものはその国家に属する人々をけっして守ってくれるものではない,という〈重要な教訓〉を確固なものにしたのである。

 安室奈美恵はもしかしたら,「君が代」を歌ったことがないかもしれない。あるいは,それを歌えても歌いたくなかったから歌わなかったかもしれない。沖縄人のそのようにいりくんだ心情を理解もしないで,アムロ・ナミエが「君が代」を歌わなかったなどと非難する〈日本人〉の軽率さ・狭量さには,度しがたいものを感じる。

 1945年4~6月の沖縄戦では,民間人までが軍隊に召集・動員され,「天皇のために沖縄人も死ね」と命令されたのである。そして実際,多くの人々が軍人として戦死し,戦闘に巻きこまれた民間人も大勢が生命を落としたのである。

 その命令を下した同じ人間が,敗戦後は連合軍総司令部最高司令官マッカーサーのところにいって,自分の生命乞い〔保身〕をしただけでなく,自身の安全が保証されたのちこんどは,沖縄をどうぞ存分におつかいくださいと,マックさんに具申〔慫慂〕したのである。

 その意味においては,沖縄〔県〕人の昭和天皇ならびに天皇制に対する〈怨念〉には,並々ならないものが隠されている〔恨み骨髄に徹する〕ことをしらねばならない。いずれにせよ,アメリカ政府・軍当局にとって,これほど便利で都合のよい軍用基地オキナワの提供は,世界中どこをみまわしてみてもほかにないものである。

 野田正彰〔精神科医・大学教授〕『させられる教育-思考途絶する教師たち-』(岩波書店,2002年)は,法律施行をもって国旗・国家〔日の丸・君が代〕を沖縄県にまで強制したこの国と沖縄人との関係を,つぎのように描いている。

 本土の日本人は日の丸を「かつて侵略の旗だった」というが,沖縄人にとっては「侵略してきた旗」であった。さらに戦後は,米軍の軍政から本土復帰を願う抵抗のハタへかわり,復帰後,沖縄は米軍基地の島として維持されたため,裏切られた思いのうちに捨てさったハタである。

 とりわけ,君が代で称えられる天皇は,天皇制護持のために沖縄戦を命じた天皇であり,戦後再び,マッカーサー連合軍最高司令官に
「基地の島として沖縄を提供する」と申し出た天皇であった。多くの沖縄人は日の丸については苦い思いをもち,君が代がけっして唱いたくない歌だった(野田,同書,105-107頁)

 沖縄人の歴史的にいりくんで非常に複雑な気持:「県民意識」をまったくしらず,前述のように「日本国民として」は,安室奈美恵が君が代に唱和しなかった態度・行為に納得がいかない,と単純に攻撃する人もいることはたしかである。

 しかしそれでは,戦災の被害を〔戦死・原爆・空襲・植民地からの引き揚げなど〕声高に強調してきた「同じ日本人」同士であるにもかかわらず,
昭和天皇の戦争指導によって,「本土に対する〈沖縄島〉捨て石作戦」=地上戦に巻こまれ酷い被害をうけた,沖縄人に対する同情心においていちじるしく欠けること,そして,戦後日本の歴史〔昭和天皇の沖縄への〈要らぬ関与:口出し〉〕から生じた,オキナワ人たちの不運‐不遇‐不幸について無知なことをさらけ出すだけであり,きわめて皮相的なうけとめかたではないだろうか?

 
3) 筆者のいっている主張〔日本全土がアメリカ政府のいいなりに軍事利用される事態の到来〕がまだわかりにくいという方には,最近作のうちから梅林宏道『在日米軍』(岩波書店,2002年)を,ひもとくことを薦めておきたい。本書の書評が新聞に出ていた(『朝日新聞』2002年6月30日朝刊)

 その評者いわく,「平和ボケ」,「万事,米国におまかせ,の〔日本の〕為政者」,「在日米軍が日本から,いや極東からも遠くはなれた地域に出撃し,ミサイルをぶっぱなしている」。

 2002年7月末日に閉会した今次国会で成立しなかった「有事法制関連法案」は,そうした日本の軍事力〔この国の軍隊は
〈自衛隊〉と称している〕を,米国=アメリカ合衆国の意のまま,軍事戦略的にこきつかわせようとするための法律なのである。この点では,小泉純一郎首相以下,けっして「平和ボケ」しているわけではない。というのは,「アメリカの忠実なしもべたる役割」の認識においては,きわめて明瞭なる意識をもっているからである。

 もちろん,彼らはそうした政治意識とともに,現状における戦力:「日本の自衛隊」を,旧日本軍並みに通常の軍隊として動員・展開していく途をまさにいま,「有事法制関連法案」によって実現しようと企図している。

 ただし,旧日本帝国の陸海軍と現在の陸海空自衛隊とのあいだには,明確な相違がある。昔は,アメリカ軍を敵〔鬼畜
英!〕としていたのだが,いまでは,なんでもいわれたことは聴くべき《兄貴分ならぬ親分格の同盟軍》にかわったのである。それというのも,もとはといえば,昭和天皇の「沖縄メッセージ」に由来した,日本の自衛隊に対する「〈子分〉の位置づけ」である。

 前沖縄県知事の大田昌秀は,『沖縄,基地なき島への道標』(集英社,2000年)で,こう語っている。

 アメリカがわは,きちんと理詰めでぶつかれば,必らず理解してくれるはずである。これまでのアメリカ政府サイドの発表を分析してみると,沖縄の状態はよくしっていて,彼ら自身,基地を縮小しなければならないと考えている。だから,アメリカがわの面子も立つようにしながら,実質的に沖縄の要望を容れてもらう方策は,けっしてないわけではない。

 しかし情けないことに,
歴代の駐米日本大使は,私たちがお願いした沖縄県の要請をアメリカ政府に伝達するのではなく,逆にアメリカ政府の要求を沖縄県に飲みこますことに躍起となってきたのである。これでは,どこの国の大使かといわれてもしかたないだろう(大田,同書,98頁)

 梅林宏道『在日米軍』から1枚の図解を参照する
(沖縄県の提供する「同工の図解」はこちらを参照)

 梅林宏道『在日米軍』岩波書店,2002年,37頁,図1-2。

  【参考文献】 ここで,沖縄県出身の国際政治学者,我部政明『日米安保を考え直す』(講談社現代新書,2002年5月)の一読を薦めておきたい。本書は,日本人あるいは日本に住む人々にとって重大な問題である「在日米軍〔基地〕」を,肝心な論点を外さず的確に考察した新書である。
 要は「安保は日本を守っているか?」〔→答えは
〈否〉であるが……。〕

 
 沖縄県の周囲はほとんど米軍の訓練空域である。

   出所)『朝日新聞』2004年4月5日朝刊(次段の記述も同じ)。



■ 米軍・空自訓練空域,民間機の通過可能に 混雑も解消? ■


 ●  自衛隊と米軍の主な訓練空域

 民間航空機の航空路を狭めている自衛隊機や米軍機の「訓練空域」について,国土交通省は訓練がおこなわれていない時間帯に民間機が通過できるようにする制度の概要をまとめ,防衛庁や米軍と最終調整にはいった。

 防衛庁と米軍の職員が,2005年に同省が新設する管制センターに常駐,訓練のない年間約120日について,利用できる空域や時間帯の情報を事前にうけとり,航空各社に連絡する。民間機の飛行時間の短縮や燃料節約にくわえ,異常接近(ニアミス)事故の一因でもある「空の混雑」の解消も図れるという。

 ● 新制度では,2005年10月に運用を開始する航空交通管理センター(福岡県)で日本周辺の空域を一元管理する。

 そこに常駐する自衛隊と米軍の職員から,国交省の管制官が,前日までに自衛隊の訓練空域や米軍以外の飛行を禁止する制限空域の使用状況について説明をうけ,通過可能な空域を設定,航空各社に周知する。

 この結果,航空各社は離陸準備前に最短距離の経路を設定できることになる。訓練空域を避ける必要がなくなるため,「混雑空域の安全性も高まる」(同省航空局)という。防衛庁も米軍も,同省の提案に前向きだという。

 航空各社の試算では,羽田と九州・沖縄を結ぶ路線では片道10分前後短くなり,年間の燃料費で約30億~20億円が節約できるという。

 ● 現在,民間機は訓練空域を避けるために日本上空をジグザグに飛行している。

 たとえば羽田発那覇行きは,静岡県焼津沖で自衛隊空域を避けるため,いったん沖合に抜ける。一方,韓国・釜山から成田に向かう便は日本海上の自衛隊空域を避けるため,島根県上空付近から焼津に向かう。

 そのため,焼津沖は羽田発着便と成田発着便の一部が交差する有数の混雑空域になっており,2001年1月には日航機同士のニアミス事故が発生,乗員乗客計100人が重軽傷を負った。

 国交省によると,自衛隊は週末や盆休み,年末年始には訓練がなく,新制度では年間約120日は訓練空域を通過できることになる。航空各社は「訓練がないのは利用客が多い繁忙期で,新制度の効果はおおきい」と期待している。 ◇

〈訓練空域〉 自衛隊や米軍が管理し,軍用機の訓練飛行などに使用している。日本をとりかこむように点在しており,飛行高度などで細かく分けられている。1971年に岩手県雫石町上空で全日空機と航空自衛隊の戦闘機が空中衝突し,全日空機の乗客・乗員162人が死亡した「雫石事故」を契機に,再発防止をめざして軍用機と民間機の完全分離が閣議決定された。

 --在日米軍や日本の航空自衛隊が訓練用に占有している日本全国周辺の諸空域が,民間機の航空路を圧迫‐制約し,不便‐不経済をかけているだけでなく,事故を起こさせる原因にもなっている。

 とりわけ,沖縄県周辺の訓練空域は,アメリカ軍の専用である事実が上掲の図解をみればよく理解できる。軍事上のこのような従属関係をみせつけられて,日米〔米日〕関係が対等だと思う人はいない。

 



 
 失敗からなにを学んだのか

 1) 辛口の評論家によっては『日本財界新聞』と揶揄されることもある『日本経済新聞』は,敗戦後57年も経った2002年8月15日「社説」の題名を,こう名づけていた。

 「『敗戦』から何も学び取らない国の悲劇」
(『日本経済新聞』2002年8月15日「社説」)

 同上「社説」から一部を引用する。「結論からいえば,教訓として学んだものはなにもない。というよりは半世紀ものあいだ,何故に日本が戦争への道をひた走ったのか,そして何故に敗れたのかを検証することをひたすら避けてきたようにみえる」。

 この社説はまずもって,昭和天皇によく当てはまる名文句である。敗戦直後の天皇は,天皇制じたいの維持・存続に心をくだき,自分の存命が可能かどうかにも神経をすり減らして心配した。

 だが,日本がなぜ戦争に負けたか,そのなかで自身はどのような役目をになってきたか,さらに天皇の地位にいるおのれの身にいかなる戦責問題が生じるほかなかったかなどを考えることを,幸いにもマッカーサーの〈適切な指南〉もあって,意識的に回避し拒否することができたのである。あるいはまた,そうしたもろもろの責任すべてを,忠臣:東條英機らに押しつけ刑死させることによって,ものの見事に忘れさることができたのである。

 1945年8月まで日本帝国の最高責任者だった人物がそのような体たらくに終始し,自己保身にまわって責任を他者に転嫁しながら,生き延びてきたのである。前述のようにむろん,アメリカ軍の元帥マッカーサーも,その手助けをした「合作の共演者」であるが。

 そういうしだいであったから,かつての「生き神」さまの処世術を,一般庶民〔臣民〕たちも真似したからといって,おたがい誰も非難することさえできない関係となった。

 「一億総ザンゲ」とは支配者がわの人間〔敗戦直後に成立した内閣首相の東久邇宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)王,つまり皇族〕がいい出したものである。

 だが,大日本帝国の大元帥となってその頂点にいた人物〔皇族の御大将!(おっと,本当の位は上のとおり《大元帥》だった)〕が,日本敗戦の責任問題とは無縁に洞ヶ峠を決めこんだのであれば,一般庶民の「一億総ザンゲ」は実行しようにもできなかったわけである。

 いわば,当時まだ帝国の「臣民」だった日本国民たちは,敗戦後突如,皇族一員から勧められた「一億総ザンゲ」に対しては,「朕の命」は「懺悔しないこと」にありと心えたのである

 もっとも,当時は誰もが「食うや食わずの生活」状態に追いこまれていたから,生きる〔生命を維持する〕のに精一杯だった状況のなかでは,「ザンゲもクソもあったものか」と応えるのが正直なところではなかったか,と思われる。

 
2) 『日本経済新聞』の前掲社説から,部分的にだが,もうすこし引用しよう。

 「真正面から歴史と向かいあうことをせず,過去から何も教訓をえることなくきた」
(これは政治と歴史に関して)

 「第2の敗戦」
(これは経済と産業に関して)

 「歴史を直視し,そこから教訓をえようとしない人々や,そういう人々が構成する社会・国家は進歩しない。次世代に引きつぐためにも,
3度同じ轍を踏む愚は繰りかえすまい」。

 前述で第2の敗戦」とは,1990年代の日本に生じた政治的・経済的な「失われた10年」をとおして,指摘されたものである。この点はいうまでもないことだが,あらためて断わっておこう。

 21世紀にはいっている。つぎの10年(decade)は,もう動きだしている。いまは2002年である。にもかかわらず,日本社会のみとおしはなお,霞がかったように不透明なのである。

 日本経済新聞社「社説=幹部」の憂いは,深く,つきない。

 
筆者は,こう考える。日本経済新聞「社説」はなぜ,とりあえず民主党に任すというかたちでもよいではないか,政権交替をとなえることをしないのか。体制寄りの体質を有するマスコミに固有の限界がなにかある,とでもいうのか。

 体制内批判に関しても必要以上禁欲しすぎ,萎縮,跼蹐したかにも映る,そのような〈社会の木鐸〉の姿勢こそ,日本という国を構造的に改革するに当たって,障碍となっているものであり,除去すべきものではなかったか?

 



 小泉首相 と 靖国参拝 自衛隊



 小泉首相「靖国参拝」の二枚舌

 1)「有事とは戦争のこと もしも,今秋に開催される予定の国会で有事法制関連法案が通過,立法化されたら,いったいなにがおこるか。

 つまり,日本国の最高責任者が「有事
(war time)という状態を認める」戦争状態が発生したさい,日本の自衛隊は,いま以上にアメリカ軍のシッポ的存在となって,しかも,沖縄県やその他日本全国の米軍基地から出動する米軍に対して「本格的なお手伝い」をさせられる「軍事的な役割」を強いられることになる。

 「敗戦の日」にではなかったけれども,小泉首相が,2001年8月と2002年4月に2年つづけて靖国神社参拝を強行したのは,それなりに意味がある。彼は自身のうちに具備されている〈戦争肯定的な感性・信心〉によって,そのように確信をもって「神道宗教的に行動した」のである。

 小泉純一郎は,旧日本帝国内で靖国神社が国家宗教的に発揮してきた戦争督励的な機能を,本心では復活させようとしている。それゆえ,アジア諸国からはくりかえし,その企図に対してきびしい批判が寄せられている。にもかかわらず彼は,靖国への参拝に強くこだわってきたのである。

 小泉純一郎が靖国参拝に賭ける「もくろみ」は,実に明々白々である。北海道帯広市の68歳男性は,小泉純一郎首相の言動にしめされた「日本〔政府〕の姿勢」を,二枚舌だとこう批判する。

 アメリカ・ブッシュ大統領は,「悪の枢軸」〔の一国だ〕と決めたイラクに対して,先制攻撃を準備している。その理由づけは,テロに対する「
自衛権の適用」であり,開戦の時期の策定段階にはいっているらしい。しかし,11年まえの湾岸戦争の記憶〔イラク民衆の困窮と,とりわけ劣化ウラン弾の放射能被害〕を忘れていない人も多いだろう。

 ところが,問題なのは,この対イラク戦争に対する小泉首相の姿勢である。小泉首相は,「テロについてはアメリカとともにある」と明言して憚らない。だが,2002年8月15日の戦没者追悼式では,「私は不戦の誓いを堅持する」と式辞を述べた。これは二枚舌なのだろうか。だとすると,戦没者は浮かばれない
(『朝日新聞』2002年8月21日朝刊「声」欄より)

 
2)「戦争軍事のための神社:靖国 筆者はすでに,そうした小泉純一郎の本来「好戦的な性格」と「不戦を誓う〈反戦〉の表面的なポーズ」との奇怪なる矛盾=混在意識は,靖国神社という戦争神社(war  [military]  shrine)への参拝行為においてこそ,如実に現象することを指摘した。こういう現象は,西田幾多郎の哲学用法を借りて表現すれば「絶対矛盾的自己同一」の発現である。

 しかし,靖国神社の本質は,「戦争の称賛と〈その死者の再生産〉奮励のための宗教施設」である一点にあった。だから,靖国にいって「戦争の被害者:死者を追悼し,同時に不戦をも誓い」祈祷する行為は,平和祈願あるいは反戦的意識とは無縁どころかその対極を意味しており,どうみても,自家撞着に満ち満ちた発想に由来するものなのである。

 ソ連邦崩壊後の21世紀現段階にはいって,世界のなかで唯一突出する一大強国となったアメリカ合衆国共和党大統領は,ずいぶんと勝手気ままをおこない,地球全体の警察と憲兵隊をかねた気分になっている。こういう世界政治の状態はまさしく「帝国」主義といわれるべきものである。さてそこで,小泉純一郎が元首を務める日本国は,「アメリカという地球保安官」に対する補佐役を喜んで務めます,日本の「軍隊:
自衛隊」「海上自衛隊」もすすんで派遣させますといい,実際にそう応えているのである。

 小泉純一郎首相に聞きたい。あなたは「アメリカから沖縄の基地を全面返還させる期日」を具体的に考えたことがあるか,と。アメリカの本音はあえていうまでもなく,このまま永久にオキナワを基地としてつかいつづけたいと考えている。

 小泉純一郎が「真正の愛国者としての日本宰相」であるならば,いつまでも,他国の軍事基地を自己の領土のなかに提供し,占有させつづけている関係は〔日米安保条約ではもう半世紀になる〕,とうてい我慢できない事態であるはずである。

 なにせ,日本政府は「思いやり予算」(金丸 信)という軍事予算まで計上,在日アメリカ軍の諸経費を負担・援助してあげている。アメリカ政府は,沖縄〔と日本全国各地〕に配置された米軍の基地を完全になくすという考えは,基本においてはない。

 おまけに日本政府は「有事〔=戦時〕関連法制」を敷いて,日本の自衛隊がアメリカ軍の《
担ぎ》さえいとわないというのだから,願ったり叶ったりである。「西側同盟国」とよばれてきた国々のなかでも,これほどアメリカのいいなりになってきた国はない。

 現状の日本は,経済面ではいっそうおちこむみとおしであるばかりか,政治面では民主主義的発展の局面打開への明るいみとおしもない。そして,日本社会全般にみなぎる文化的頽廃の進行と人間的活力の低下は,犯罪の増加や高齢化社会への急激な進行とともにその深刻さを増しつつある。

 
3)「靖国参拝の罪悪性」 最近における日本政治経済社会のそうした低迷というか錯綜を踏まえてなのか,小泉純一郎は,神頼みのつもりで靖国神社に出向いて,英霊たちを参拝し,アジア侵略の役目をになわされた死者の魂を慰霊している。しかしながら,同じ神社に参拝してもその行き先がよろしくない。日本全国各地にはたとえば,「景気をよくしてくれる神社」とか「運勢をめぐんでくれる神社」とか,現状打開にとってより好ましい「ほかの神社」がいくらでもあるではないか。

 なにゆえこのさい,わざわざ「靖国神社=
war(military)shrine =《戦争神社》への参拝」でなければならないのか。この国,日本の神々は《八百万》もいるというではないか。いまの日本を立てなおし,これをもっとよくしようとするための「神頼み」をしたいのであれば,「より適当で・まだましな神社に参拝」にいったらどうかと思うのである。

 
もっとも,超多忙である一国首相の立場に対してだから,お遍路さんをやれとか,近くの神社にいってお百度参りをせよとかいった無理はいわない。

 いずれにせよ,
靖国への参拝は,小泉純一郎にとって相当のご利益があるものとみられる。だが,この人物にとってのご利益は,日本国民全体,そしてアジアの諸国・人たちにとっては,
災厄以外のなにものでもない。この点は,過去の歴史が雄弁に物語ってきたところである。

 有事法制が成立し,海外に日本の軍隊=自衛隊がより積極的に多数派遣されて,紛争地域の治安維持活動に参加したり,局地戦争の戦闘行為に巻きこまれたりすれば当然,日本軍人=自衛官からもより多くの死傷者が出るのは,必然的な事情である。そうなると今後,とくにその犠牲者や戦死者を国家が慰霊する必要が生じてくる。

 さて,そのさいその慰霊の儀式を,誰がどこでどのようにとりおこなうかが問題となる。小泉現首相は,日本が帝国主義を装い,侵略国家の方針・目標を達成するために,明治以来,軍事的に設営し運営してきた国家神道式神社「靖国」に再び,犠牲者や戦死者を祀ろうと意図する。この人は,過去における帝国日本の歴史的大失敗をみようとはせず,
前車の轍を踏むつもりである。

 21世紀のいま,19~20世紀において日本が踏みはずした過ちの道に,なぜ,再び踏みいろうとするのか。愚かな〈行為〉を再現するのは,もうやめにすべきである。

 



 有事法制法案とアメリカ帝国と自衛隊



 山内敏弘編『有事法制を検証する』法律文化社,2002年9月


 
1)「アメリカ帝国の登場 2002年11月5日に上田耕一郎『ブッシュ新帝国主義論』(新日本出版社)が発行された。著者は,日本共産党中央委員会幹部会副委員長という肩書を有した人物である。


 日本共産党の枢要幹部がアメリカをとらえて〈帝国主義〉なることばをつかうのは,いまにはじまったことではない。もっとも最近では,資本主義国と社会主義国とを問わず,この〈帝国主義〉なることばがさしむけられ,議論されている。


 東京大学大学院法学政治学研究科教授,藤原帰一『デモクラシーの帝国』(岩波書店,2002年9月)は,その副題「アメリカ・戦争・現代世界」によって,ソ連崩壊後における世界政治情勢のなかで突出するにいたった《アメリカ一国:新帝国主義》の動向を解明する著作である。


 2001年9月11日の同時多発テロ事件とアフガン戦争を経て,新しい世界秩序が姿を現わしてきた。それは,アメリカが「帝国」として世界を動かすというものである(同書「帯」より)


 2)「アメリカの指図 本ホームページも他の頁で説明してきたように,昨今における日本の政治情勢は,アメリカの掌中にあって,みごとにそれにあやつられている。


 その実例は,ふだんより出没している北朝鮮の工作船(当初は不審船)の航行を今回,アメリカ軍当局が意図的に日本自衛隊→日本政府に通知し,海上保安庁の巡視艇による「不審船(工作船)発見騒動→追跡→撃沈事件を惹起させた経緯に端的に現われている。


 「悪の枢軸3国」とアメリカが勝手に決めつけたイラク‐イラン‐北朝鮮に関することである。アメリカ軍当局は実は,北朝鮮の工作船のことなどごく簡単に,日常的に逐一,詳細に把握している。


 1999年5月公布,8月に施行の「周辺事態法(正確には「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」平成11年法律第60号)」や,2002年7月まで開催された国会では成立しなかった「有事法制関連法案」の審議の時期になるや,どういうわけか時機をみはからったかのように再度,その「不審船‐工作船」事件がおこされているのである。この事実は注目すべき出来事である。


 2001年12月の「不審船‐工作船」事件では,海上保安庁の艦艇が追跡劇のすえ,北朝鮮の工作船をみごと撃沈する海戦活劇:交戦模様を演じた。これまで,日本の自衛隊・海上保安庁が経験したことのなかったその戦闘事態は,前記の国会において上程された「有事法制関連法案(①武力攻撃事態法案,②安全保障会議設置法改正案,③自衛隊法〔及び防衛庁の職員の給与等に関する法律〕の改正案)の成立を側面より促進させるために,アメリカが情報を提供して意図的に惹起させたものである。日本政府も以心伝心のかたちでアメリカがわの意図を利用した。


 3)「備えあれば憂いあり 第2次大戦末期に特攻隊員とさせられたが生きのびた岩井兄弟は,「侵略戦争を美化する者への怒りの告発」を,つぎの著作に著わしている。


 岩井忠正・岩井忠熊『特 攻-自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言-』(新日本出版社,2002年)は,「戦後57年経ったいま,私たちがあの当時から何も〈進歩〉していなかったとするならば,それこそ墓場の彼らに合わせる顔がないではないか」と嘆く。


 日本国総代表小泉純一郎は,有事法制の必要について「備えあれば憂いなし」といった。だが,備えがあったからこそ日本は,15年戦争という暴挙に走ったのではないか。岩井兄弟はこのように,戦前精神そのままの持主である現首相を批判する。


 現在問題の「有事法制」とは,日本の同盟国アメリカ合衆国のアフガニスタン報復戦争への協力として要請された。このことは,まぎれもない事実である。日本の自衛艦は現に,米海軍に協力するためにインド洋,アラビア海で活動している。


 米海軍と共同作戦しているのだから当然,米軍に敵対する勢力から攻撃をうける可能性はありうる。そのときに日本政府が武力攻撃をうけたと認定すれば,有事法制はただちに適用されることになる。同盟国アメリカの軍事行動は,過去の例によっても,いちいち日本に相談しておこなわれるわけではない。


 米軍は独自に行動し,目下の同盟軍である日本の自衛隊は米軍に振りまわされざるをえない。日米安保条約によって日本は米軍に基地を提供し,沖縄には前方展開部隊が駐屯している。私たち日本国民は,いつ暴発するかわからない火薬庫の上で生活しているのと同然ではないか岩井・岩井『特攻』195頁,197頁,198頁


 4)「アメリカの植民地   筆者がいまこの頁の記述をしている時期は,2002年11月下旬である。このところ,アメリカはイラクに対する軍事的攻撃を本当にやる気で準備中である。もしも,それ以前に日本で「有事法制」法案が成立していれば,日本の自衛隊はアメリカ軍の傭兵」部隊のような働きをさせられるだろう。


 11月中の話であるが,テレビ朝日が月曜日に放送している「たけしのTVタックル」にたびたび出演するある自民党所属だった元国会議員は,日本国のことを堂々と「アメリカの植民地」といっていた。だとすれば,この国の防衛庁‐自衛隊は,アメリカ合衆国の下請け部隊になるというわけである。


 かといって,日本の軍隊:自衛隊が必らずしももっぱら米軍の後方支援だけまわるとはかぎらない。世界でも一流のりっぱな装備をもった日本の自衛隊である。海上自衛隊の艦船・軍艦とくに,アメリカ海軍以外もたないイージス艦4隻を所有している。


 海上自衛隊の保有する「こんごう型イージス護衛艦」は,アメリカ海軍「アーレイバーク級イージス駆逐艦」と同級の艦艇であり,「こんごう・きりしま・みょうこう・ちょうかい」と命名されている。この艦艇名を昔風に漢字で書くと,かつて旧日本海軍の戦艦や巡洋艦に付けられたそれと同じものである。もちろん,戦前の軍艦はすでに海の藻屑と化しているが。


 「こんごう型イージス護衛艦」全4隻〔基準排水量 7250t,この排水量は駆逐艦のものとはとうてい,いえないほどおおきい〕の〈雄姿〉を,つぎに紹介しよう。

 

 「イージス4艦の名称」
〔旧日本海軍における該当「艦艇」名〕

「こ ん ご う」

〔戦艦「金剛」〕

「き り し ま」

〔戦艦「霧島」〕

 

「みょうこう」

〔重巡洋艦「妙高」〕

「ちょうかい」

   〔重巡洋艦「鳥海」〕


イージス艦「写真」などの解説


 ●1  インターネットより適当に拾ってきた写真。画像の情報容量により精粗の面で不揃いのある点は,ご勘弁願いたい。もともと,上方の3葉は防衛庁(海上自衛隊)より提供されていたものと思われる。また,下掲の1葉はアマチュア・カメラマン撮影のものである。

 ●2  船体前方の番号をしらべれば艦船名は判明する。上掲の2葉は,後掲の「基本装備・戦闘能力」を念頭において眺めると,〈全速前進で航行中〉の写真と推測する。

 ●3  そこで,
『徹底図解 陸海空自衛隊-日本の防衛戦略を担う精鋭たち-』成美堂出版,2002年8月を参照すると,艦艇番号

   
174 は「きりしま
   
175 は「みょうこう

であることがわかった。


 このうち前掲
175みょうこう」の写真は,この『徹底図解 陸海空自衛隊』にも収録されている。

 ●4
『平成14年版 防衛白書』財務省印刷局,平成14年9月付録資料 CD-ROM」に収録された写真にある「艦艇番号 173のイージス艦」は,

   「
こんごう

である。

 その「付録資料
CD-ROM」に掲載された「
こんごう」の写真は,コピーができない画像に処理されている。しかし,下記のホームページから,同じ写真が入手できた。

 http://www.jda.go.jp/JMSDF/data/equip/photo/kongo.htm


 
●5  艦艇番号176 となるちょうかい」の写真は,下記のホームページから入手できた。

 要は,
『平成14年版 防衛白書』のなかには,イージス艦全4隻の艦影が用意されておらず,「ちょうかい」のみ前段のような処理がほどこされたかたちで提供されている。同型艦である4隻は,あえて全部を写真で紹介する必要はない,というのだろうか?

 http://www6.ocn.ne.jp/~sam7h/aegis_chokai.htm


 ●6  海上自衛隊は,各種艦艇〔軍艦〕の名称を「ひらかな」に表記している。これは,戦前における日本海軍との連続性をすこしでも薄めよう〔あるいはたもとう!〕とする意図がこめられているせいかもしれない。しかし,漢字で軍艦名をつけたほうが〈それらしく:勇ましく〉感じるのは,筆者だけの印象ではなく,誰にでも共感をえられる点だと思う。

 海上自衛隊の各種艦艇を紹介するあるホームページを閲覧していたら,「軍艦マーチ」の音声を流すものに出会った。
軍艦を紹介するページなのだから,そのBGM:効果音楽には,戦後の日本社会に普及したパチンコ屋でよく流されてきた「勇壮なマーチ」が,よりふさわしいというわけである。

 もっとも,旧日本海軍は壊滅した。さらに,パチンコ屋でクロガネ球に挑戦するお客の大部分は,敗退する確率に宿命づけられている。パチンコ産業は,個々の会社・店舗においては栄枯盛衰をたどるものとはいえ,依然,今日も健在である。


  【イージス艦の基本兵装と戦闘能力】 


 ● 最新鋭レーダーとミサイルシステムを装備し,ミサイル・戦闘機など同時に,あらゆる方向から襲ってくる最大200個の目標をキャッチでき,10個以上の目標に自動的に対処,迎撃できる。

 ■ 基準排水量
  7,250 トン
 ■ 全 長     161 m
 ■ 最大幅  
  21 m
 ■ 深 さ  
  12 m
 ■ 喫 水    
   6.2 m
 ■ エンジン
     ガスタービン4基2軸 10万馬力
 ■ 速 力     30 ノット
 ■ 乗 員     300 名
 ■ 兵 装
   ・Mk41VLS(スタンダードSAM,
          アスロックSUM)
               2基
   ・ハープーンSSM4連装発射装置
                  
 2基
   ・127 ㎜ 単装速射砲      1基
   ・
 20 ㎜ CIW          2基
   ・3連装短魚雷発射管 
      2基
   ・
イージス装置一式
   ・電波探知妨害装置 一式
   ・対潜情報処理装置 一式


 ■ 同型艦 -
きりしま,みょうこう
       こんごう,ちょうかい




 ★★  2002年12月5日の新聞朝刊は,小泉首相〔つまり日本政府〕がイージス艦のインド洋・ペルシャ湾への派遣を決めた,と報道した。そのさい「イージス艦の装備」などの解説に用意された図解が,つぎに参照するものである。

 前段の文章の説明よりも数段わかりやすいので,さらにここに追加,かかげておく。

 

  出所)『朝日新聞』2002年12月5日朝刊なお,艦艇番号173は「こんごう」,174は「きりしま」のものであった。

  

 出所)『朝日新聞』2002年12月6日朝刊


 

 【解   説】

2002年12月5日『朝日新聞』朝刊報道に関して


 ★1 防衛庁長官の詭弁

 2002年12月4日,石破 茂防衛庁長官は「イージス艦のインド洋への派遣」について,「イージス艦を出すことと米軍のイラク攻撃は連関していない」と強調した。

 日本国陸海空軍の最高司令官が,このような「子供だましみたいなたわいないこと」を,平然といってのける。しかも,このたぐいの発言がなんとはなしにまかりとおる「この国」……。

 一体‐全体,国民・市民・住民たちは,どのような顔をして聞いているのかみたいものである。

 「米軍のイラク攻撃」と,その「後方に控え支援する」ために「日本の海上自衛隊のイージス艦を出すこと」が,どうして「連関していない」のか? 不思議なことを口にする長官である。イージス艦は,インド洋までなにをしにいくのか?

 まず,アメリカがもしかしたら,イラクを「攻撃するかもしれない」。こういう政治外交的に重大・緊要な問題がある。いいかえれば,アメリカにとってせっぱつまった軍事的な必要性が背景にある。

 さらには,そのアメリカにせかされたからこそ,海上自衛隊の〈虎の子〉イージス艦1隻を,日本は出すことにした。それなのに,叙上のごとき「程度の悪い」稚拙な理屈:「イラク攻撃と連関していない」を,恥じらいもなくもちだす一国の国防長官がいる。はてしなくも愚かしく,かつ信じられない情景である。

 石破長官のいうごとき理屈は,ふつう「理屈にならない理屈」と称され,一蹴されるべきものである。


 ★2 民主党の体たらくぶり

 民主党は最近,11月末から12月初め,鳩山由紀夫代表が自由党などほかの野党との「統一会派‐新党」構想を提唱したため,鳩山代表の独断・独走に反撥した党内は大混乱となった。その結果,12月3日の「鳩山代表の辞任表明」となった。

 小泉首相は,野党第1党「民主党」のそうした混乱ぶり:「対岸の火事」をみながら,12月4日,「イージス艦のインド洋への派遣」に踏み切った感もある。


 ★3 イージス艦派遣はなんのシンボル?

 関係してはとくに,2002年「11月19日に海上自衛隊の派遣期間を延長したさいにイージス艦派遣を見送ってから2週間で政府が派遣を決めたのは,米軍のイラク攻撃に対する〈間接支援〉のシンボルとする思惑が色濃い」と指摘されている。

 すなわち,「イージス艦派遣は対米支援強化のシンボル」であり,「米軍のイラク攻撃に対する〈間接支援〉のシンボル」だというのである。これでは,禅問答にすらならない。結局,前後の脈絡などまったく読みとれない,支離滅裂の「出まかせ的なせりふ」なのである。

 イージス艦を純粋にシンボル」として派遣するというのであれば,さきのいいぶん,「間接支援」ならば,「米軍のイラク攻撃」と「日本の海上自衛隊のイージス艦を出すこと」とは「連関していない」などと,まえもって弁明する余地もないはずである。

 イージス艦はシンボルか? 誰の? どの国の? なんのための? こういう愚問にもならぬ実に「くだらない:たわけた反問」を提示しなければならないほうとしては,たまらなくウンザリさせられる。

 最新鋭高性能の軍艦「イージス艦」を遠くのインド洋・ペルシャ湾まで派遣するのに,〈軍艦の蜃気楼〉を他国海軍にみせにいくというわけではあるまい。はたまた,自衛隊員:軍人・海将兵たちに〈物見遊山〉をさせるために,インド洋までわざわざこの〈軍艦を派遣する〉というわけでもあるまい。

 興味を惹く発言として,イージス艦は冷房が効いて快適な軍艦だと指摘する向きもあった。現地に遊弋する艦艇の上甲板は,80℃にもなるという。鉄の塊だから当然の現象であるが,戦争するのに「快適も不快‐不適も」あるものか。栄光恥辱にまみれたあの旧日本「帝国の陸海軍」を見習えばよいのである。

 ともかく,いうにこと欠いての,屁理屈もほどほどにすべきである。それならば,現在派遣中の艦艇もふくめて海上自衛隊の艦艇を,すべて冷房付きの軍艦に「兵備」を改装工事したうえで,派遣することにしたらどうか?


 ★4 死からはなれた戦争観

 ところで,最近〔ベトナム戦争の手痛い経験を経たのち〕のアメリカは,戦争‐戦闘行為で自軍から戦死者が出ることを,神経質なまで恐れている。この点に関しては,アメリカ国民の目がとてもきびしいのである。

 しかし,考えてみるに,将兵を消耗品とみなさねばならない国家の軍隊が,最少限の戦死者が出ることさえ恐れるという発想は,きわめて異常である。これをわかりやすくいえば,アメリカの「弱虫」の側面,ないしは「へっぴり腰」の姿勢である。ただし,アメリカは,アメリカ軍による「相手国=敵国・敵集団の死者製造」については,もちろん無頓着〔残虐非道〕である。


 ★5 納税者:税支払者の視点

 さて,今回イージス艦を派遣するに当たって日本政府は,保有する4隻のうち1隻〔「こんごう」か「きりしま」のどちらか〕を派遣することを決定した。

 そして,日本政府のその決定をうけた海上自衛隊は,12月5日,第1護衛隊群(横須賀基地)所属のイージス艦「きりしま」を,アメリカ軍支援活動などのために派遣する方針を決定した。

 だが,国民‐住民の「税」大枚をはたいて調達した軍艦を,「シンボル」などとのたまいつつ,米軍のイラク攻撃に対する〈間接支援〉のため送りだすという,日本政府関係者の「人を喰った」ような《軍事的発言》を,われわれ納税者=税支払者は,許すことができるか?

 つぎの防衛庁長官の発言は,「屁理屈にもならない稚拙なコジツケ的な強弁」である。


 石破茂防衛庁長官は12月5日午前の参院外交防衛委員会で,イージス艦のインド洋派遣について

  「米艦などとデータ交換をして『何時何分の方向に撃て』と言えば『実力をもって』という憲法が禁止している事態につながる恐れがあるが,そういうことが日米間で起こることはない」

と,集団的自衛権の行使に当たるとの考え方を否定した。

 『毎日新聞』2002年12月月5日 ( 2002-12-05-12:47 )。


 実際にアメリカ軍のイラク攻撃が開始されたとしたばあい,石破長官の説明するとおりに戦争行為‐戦闘場面が展開していくという保証はないし,確認する術もない。

 日本国憲法を遵守すべき日本の軍隊=自衛隊は,集団自衛権の発動・行使にならないためにはどこまでも,アメリカ軍の「担ぎ」でいなければならないというのである。

 でも,関取クラスの軍備〔実力〕をもつ日本の軍隊=自衛隊が,いつまでも「担ぎ」では欲求不満にならないか?

 だいたい,そうした日本海軍=海上自衛隊〔防衛族議員などもふくむ〕が以前より強くいだいていた〈欲求不満〉を,すこしでもまぎらそうと,イージス艦をインド洋に派遣することにしたのではないか?

 --もとより,イージス艦の実力=性能・装備をつかわせない,発揮させないかたちでの派遣なら,この軍艦を派遣しても意味がないのではないか。

 石破長官は,日本の軍艦〔イージス艦〕が「米艦に『撃て』という事態はない」というが,米艦が「日本の護衛艦に『撃て』という事態はない」とはいっていない。日米の軍事的関係は,そうした主従関係である。

 「冷房装置完備の軍艦を派遣します」といういいぐさにいたっては,半世紀もまえ,家庭に冷房が普及していない時代,喫茶店による「集客の謳い文句」である。

 とりわけ,防衛庁長官の繰りだす理屈「イージス艦は〈間接支援〉のシンボル」は,無理を承知の「大嘘も方便」のたぐいでしかない。

 よくいうではないか,嘘でも何回もしつこく繰りかえし徹底すれば本当になると。

 以前,「言語明瞭‐意味 不 明 瞭 」と揶揄される物言いが得意だった「日本の元首相」がいたことを思いだす。

 しかしながら,シンボルといっても,しょせん「軍艦は軍艦」である。実際にイージス艦1隻をインド洋まで派遣し,アメリカ軍の作戦目標を手伝わせ,その手足として従属的〔いいなり〕に軍事行動させる。そうこと〔=連関!〕になるにせよ,それなりに膨大‐高額な軍事「経費」(当然日本国負担のそれ)を費消するものである。


 ★6 本音を隠す国家の意図

 なんといっても,イージス艦を作戦地域で直接行動させないのは,自民党関係者も明言するとおり「宝の持ち腐れ」である。アメリカ軍と連繋して運用させてこそ,その兵備‐性能が生きる。

 アメリカ軍に対する「イージス艦の〈間接支援〉」〔のシンボル〕とはいっても,両国軍隊が連繋しているという面でみれば,日本の自衛艦も作戦に〈直接参加するのと同然の事態〉を意味することになる。

 前線と後方のちがいは,絶対的な差を意味しない。戦争‐戦闘に参加することにかわりはないからである。「背に腹はかえられぬ」というが,アメリカ軍がなら日本軍はである。

 イージス艦は,補給用につかう艦艇=軍艦ではない。かといって,補給‐兵站の効率的・継続的な展開こそ実は,軍隊にとって最重要の活動領域でもある。すでに自衛隊の補給艦は派遣させており,アメリカの艦船に対して,やさしくて親切な〈乳母〉役をはたしてきている。

 それにしても,イージス艦はいったいなんのためにインド洋に派遣されるのか?

 最新鋭‐高性能の軍艦を,伊達や酔狂ではるか遠く海域まで派遣するはずがない。日本の軍人たちは,できればそれをつかってみたくてウズウズしている。当然であろう。

 したがって,今回の出来事を説明して石破防衛庁長官のように,「集団的自衛権の発動に当たらない」というのは,詭弁というよりもそれ以前,本意・本音を隠そうとする意図的な「無理無体」,辻褄の合わないいいわけ発言である。

 要するに「さきに結論ありき」

 ・「オラが国」のこのイージス「軍艦さ,みてくれ! どんなもんじゃ!」といいたいのである。

 ・むろん,可能ならばイージス艦の戦闘性能〔軍艦の兵備〕を存分に試してみたいのでもある。

 ・もともと,イージス艦の保有‐配備は「廉い買い物ではなかった」のだから,このさい大いに有効に実戦的な運用をしてみたい,けっしてオモチャなんぞじゃございません,といいたいのである。

 ・だが,忘れてならないのは,もしも実際にアメリカ軍がイラクを攻撃したら,軍人は当然のこと,一般人も巻きこまれて多数の死傷者を出すこと必定であり,日本の自衛隊もまちがいなく,直接と間接とシンボルとを問わず,その作戦行動:戦闘行為=殺戮場面に加担する軍事力になることである。

 ・今後,アメリカ軍の行動しだいでは,そうした事態の発生が予測される。だからか,いまから予防線を張ったつもりで,イージス艦のインド洋・ペルシャ湾への派遣が「集団的自衛権」の発動‐行使にはならない,と断わっている。まっとうな論理性を完全に欠如させた「この浅知恵的な屁理屈」は,「〈虚偽×詭弁〉の相乗」効果をもって,私たちの目前にその本性をさらしている。

 日本政府当局は本来テロ対策特別措置法にもとづき海上自衛隊をインド洋に派遣した」はずである。ところが,いつのまにか「アメリカ軍によるイラク攻撃」に備えて「イージス艦派遣をする」という〈すり替え〉をついている。


 ★7 われわれの 結  論

 ……小泉政権はただちに解散総選挙し,日本の全「国民‐市民‐住民」にその信を問え

 


  ★8 その後の経過にみる日本国の臨戦体制

 2002年12月7日新聞の報道は,つぎの記事を掲載した。


 米国がイラクを攻撃したばあい,イラクがペルシャ湾に敷設する可能性のある機雷を除去するため,防衛庁が海上自衛隊の掃海艇の派遣を検討していることが,12月6日わかった。

 http://www.asahi.com/politics/update/1207/002.html


 石破防衛庁長官は12月6日,日本テレビのCS番組で,米国がイラク攻撃に踏み切ったさい,ペルシャ湾を航行する日本のタンカーの安全を確保するため,自衛隊法82条の海上警備行動を発令して同海域への護衛艦派遣を検討していることを明らかにした。

 http://www.asahi.com/politics/update/1207/001.html


 まさに「イケイケドンドン」である。


 ★8-1 日本のタンカーが襲われる!?

 海上自衛隊の艦艇=軍艦をインド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾に派遣していても,また同時に,「アメリカ軍のイラク攻撃に対する〈間接支援〉のシンボル」にすぎないと「いいわけする前提」を踏まえたとしても,

 ペルシャ湾を航行する日本の油送船(タンカー)が攻撃されるかもしれない」という「臨戦‐有事‐戦時的な緊急事態」が予想されるときは,自衛隊法82条の海上警備行動を発令することによって,より現実的に緊急事態を想定しておかねばならないというのである。

 それでは万が一,ペルシャ湾で日本の油送船(タンカー)が敵の攻撃をうけたとき,前段のごとき「アメリカ軍のイラク攻撃に対する〈間接支援〉のシンボル:日本のイージス艦」は,「個別的自衛権」にしたがい自国の関係艦船を守る=自衛することになるのか。

 ★8-2 戦争したい海上自衛隊

 上述の事態を敷衍すると,インド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾に艦船を航行させている各国はすべて,護衛のための軍艦を派遣しなければならなくなる。ふつう商船関係は,戦闘が展開される海域からは事前に退避するのが常道ではないのか。

 インド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾では自衛艦が「海上警備行動」するから,日本のタンカーは,その海域を安心して航行できる。仮りに攻撃をうけたばあい,「海上警備行動」に当たっている日本の自衛艦が反撃‐迎撃することになる。だが,もしもそういう事態が生じたとき日本は,イラクと戦争状態に入ったことになる。

 インド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾の海域で,日本のタンカーが攻撃をうけるような事態は,アメリカ軍がイラクと戦争状態のときでしかないだろう。だとすれば,日本の軍艦がイラクと戦闘を交わすことは,アメリカ軍との共同作戦とならざるをえない。このときは「集団的自衛権」の発動・行使状態である。

 ★8-3 関取の「担ぎ

 結局,防衛庁長官の「アメリカ軍のイラク攻撃に対する〈間接支援〉のシンボル」という説明は,「口先三寸の出まかせ」もしくは「三百代言」的な「真っ赤な嘘」である。

 以前より日本の軍隊:海上自衛隊の艦船は,もうりっぱに,アメリカ海軍との共同作戦を実施してきている。

 海上自衛隊の補給艦がアメリカ海軍の艦艇に燃料を補給する両国軍隊の関係は,売買契約にもとづく商行為ではなく,純粋に軍事的同盟関係の間柄において実行されている。

 日本の補給艦がただで,アメリカ海軍の艦艇に燃料を補給してあげるだけなら,なんの意味もない。そこには,日米両軍の密接な軍事的連携が控えてこそなのである。

 日本の「自衛隊という軍隊」は,日本の国土やその近隣海域を防衛=自衛するために存在したのではなく,アメリカ軍の後衛:「担ぎ」のためであれば,日本を遠くはなれたインド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾まで海上自衛隊の軍艦を派遣するものだ,という実情が理解できる。

 前防衛庁長官中谷 元に替わって登場した現防衛庁長官石破 茂はきっと,アメリカ政府および軍当局にとってまことに好ましい,おメガネにかなった「日本の与党政治家」「防衛族議員」だと,高く評価されるにちがいない。

 ★8-4 米軍御用達軍団:自衛隊

 自衛隊はその本体:実態にふさわしいものに名称を変更したらよい。たとえば,「米軍御用達日本国〈傭兵〉軍団」はどうか? 「日光猿軍団」よりははるかに強力な武装軍団であることだけは請け負う。

 この日本の傭兵軍団は,日本の国家予算約47兆5千億円のうち5兆円近い金額を自衛隊:軍事費に費消している。それ以外にも在日米軍に対する「思いやり予算」もあった。

 さらに,日本国内に半世紀以上も長きにわたって駐留しつづけるこの外国の軍隊に対しては,日本国政府が別途充当し支出する予算費目もいくつかある。

 念のためいっておくが,その外国の軍隊は日本国に雇われている傭兵部隊ではなく,この日本国の自衛隊がその軍隊の傭兵的な地位におかれているのである。

 イージス艦は,1隻の建造費が1200~1400億円かかるといわれている。アメリカが60隻,日本が4隻,スペインが1隻をそれぞれ保有する。

 日本は老朽化段階を迎えるイージス艦1隻を新造し交替させる予定もあり,さらに2隻を新造する計画もあるという。

 ★8-5 日本の常識の健全さ

 イージス艦の派遣については,一般市民の常識的でまともな批判がある。こういう。

 予想されるアメリカのイラク攻撃を支援することは,集団的「攻撃」であっても「自衛」とはいえまい。アフガニスタン攻撃のさいの支援は,テロリストに対する戦いと位置づけて合法化した。

 しかし,アメリカのいうアルカイダとイラクとの関連は,信頼できる証拠がしめされていない。なのにイラク攻撃をも対テロ戦争とみなし,これを支援することはテロ対策特別措置法をもって良しとはいえない。

 ましては憲法9条を顧みれば,イージス艦という高い戦闘能力をもった軍艦を他国へ攻撃に参加させるような行為は許されない。

 日本は憲法からどこまで遠ざかってしまうのか。泳ぎの達者でない者が,はるかに岸を振りかえったときのような不安を覚える(『朝日新聞』2002年12月7日朝刊「声」)

 ★8-6 想像力の欠如

  大衆紙『読売新聞』と『産経新聞』と踵を接して「イケイケドンドン」組のマスコミ新聞である『日本経済新聞』は,今回における日本のイージス艦派遣決定に関する「軍事的問題」を,つぎのように解説している。

 インド洋で国籍不明の航空機やミサイルが他国の艦艇を襲い,日本のイージス艦がそれを探知して迎撃したばあい,憲法違反となる。

 逆に,海自のイージス艦が攻撃を探知しておきながら迎撃しなければ,他国艦艇を見殺しにしたという国際的批難をうける。

 「保有はするが行使はできない」という,他国には理解しがたい集団的自衛権をめぐる日本独特の憲法解釈を改め,各国との共同作戦を円滑にできるようにするか,国際的非難を覚悟のうえで,集団的自衛権の行使を自制する戦後日本の「伝統」を守るか--日本が今後とりうる選択肢は,2つあるといえる(『日本経済新聞』2002年12月7日「高い防空能力 日本,イージス艦派遣)

 --この論説は,日本の海上自衛隊が共同作戦を展開する相手を,「他国」とか「各国」とか表現しているが,これを,実質「アメリカ合衆国」といわないで解説するところが非常に誤導的(ミスリーディング)である。

 また,イラクではなく,北朝鮮がアメリカの攻撃予定の国だったばあいでも〔1994年の「北朝鮮核疑惑」問題のときはアメリカが攻撃をする寸前までいったが,韓国(当時,金 泳三大統領)などの懸命な反対もあって思いとどまった〕,「他国」とか「各国」とか表現してみてもその実質は「アメリカ合衆国」1国のみである。

 --日本経済新聞の論説は,日本政府の応援団でありエールを送っているポーズに映る。だいたい,自国の周辺海域にアメリカ海軍の艦艇がうようよ浮かんで軍事行動しているサマをみて,海域周辺の「他国‐各国」がどのような気持でいるかを想像してみたことがあるのか。

 ・一口で「インド洋」というが,地図を拡げてみたのか? 日本の自衛隊はいつから大日本帝国海軍に生まれかわったつもりなのか?

 ・「他国には理解しがたい集団的自衛権をめぐる日本独特の憲法解釈」に触れているが,これを授けた国はそもそもどの国だったか? それはいうまでもなく,「国際的非難を覚悟のうえで,集団的自衛権の行使を自制する戦後日本の〈伝統〉」を与えてくれたその国のことである。
 

   出所)『朝日新聞』2002年12月6日朝刊


ブッシュ大統領への贈り物

A SMALL Present to the President of the U. S. A.

A Merry Christmas !


   出所)『朝日新聞』2002年12月14日朝刊

 


 
  --だいぶあいだに〔後日におこなったところの〕議論をはさみこんだが,「本論」にもどろう。


 ちなみに,日本の海上自衛隊が保有するこのイージス艦は,「アメリカ製イージス艦の 1. 5倍の建造費(約1200億円,1300億円,あるいは1380億円かかったと記す資料もある)がかかるくせに,すべての面で劣っている」などとも,ささやかれている。


 イラク攻撃にさいしては以前から,「日本海軍のイージス艦」も派遣するだのしないだのと騒いできている。


 5)「自衛隊はただ働きの傭兵 ともかく,アメリカさんに対してはすでに毎年度,在日米軍基地関係に関する日本政府の「思いやり予算」が計上され執行されている。くわえてさらに,日本政府が非常な高価で買いつけた「この軍艦」をこのさい,その売り主だった〔つまり売りつけて儲けた〕アメリカ軍〔つまり会社など〕のために逆に,再び利用させるかどうかという話が出ていたのである。


 まあなんというか,まことにへんてこ,かつ奇妙キテレツな「日米関係の主従的構図」は,とてもではないがサマになっていない。日本政府〔および自衛隊〕のお人好しぶりも,ここにいたってきわまったというべきである。


 アメリカ軍の「傭兵」みたいなのが日本軍〔自衛隊〕だと先述した。だが,より正確にいうと実際において,自衛隊はそれ以下」の存在なのである。なぜなら,自分の生命と生活を賭けて戦う「傭兵」なら,いちおうは給与をきちんともらいながら働いているはずだからである。もっとも,日本国の両国間における力関係:「アメリカの植民地」からすれば,しごく当然の「傭兵」の具体的姿かもしれない。


 だが,アメリカにせかされて軍事共同行動に参加する日本軍〔自衛隊〕,自前:自弁(古いことばでいえば腰弁)で参加するだけでなく,アメリカ軍〔など?(←おすそ分けされた第3国軍もあると聞く)〕には,自軍の燃料もタダで補給してあげるという「お人好し」=「忠実(忠犬?)なる同盟国」ぶりさえ発揮している。ふつうは,そういうことをやったら事後には必らず,相手国に請求書を届けねばならない。


 日本政府当局は,海上自衛隊の軍艦のことを「護衛艦」と称する。国土の周囲四辺:東西南北全部が海に面したこの日本を守る〔自衛:防衛:警備する〕ためには,それ相応の海軍力が必要である。しかし,日本政府は現在,この艦艇のうち一部を,はるか遠くのインド洋,アラビア海まで派遣し,イラクへの攻撃作戦を準備中であるアメリカ海軍艦艇の下働きや燃料補給〔兵站分担〕の任務を遂行している(なお,アメリカ海軍の必要な燃料の4割を提供していると聞く)。日本はすでに,有事法制〔法案〕の成立以前において実質的に,そのような有事法制的な軍隊運用を実践している。


 しかしながら,それでは,海上「自衛隊」という名称の本義がわからなくなってしまうのではないか。アメリカ「海軍」が展開する作戦への協力,しかも,その下請けを命を賭けてになう『日本の軍艦』であるなら,それは日本の海上「自衛隊」ではなく,日本国の「海上〈衛隊〉」あるいは「日本の〈米衛艦〉」と称するのがふさわしい。日本の海上自衛隊は結局,アメリカ海軍にとってきわめて忠実なる子分の役目をはたしている。


 もしも,有事法制法案が成立したとしたら,日本の自衛隊は,日本本土に駐留する「米軍の基地を守る役割分担」をはたすことになるという。本当にまったく驚くほかない,かつ嘆かわしい事態を用意した法案である。うがったみかたではなく,日本の防衛庁管下の3軍自衛隊を,米国大統領の近衛兵師団に編制しなおすつもりであるかのように映る。


 この日本の軍隊(防衛庁3軍自衛隊)は,いったい,なんのため・誰のために存在しているのか。他国にいって傭兵に雇われる〔給与ももらえる〕なら,まだ話はわかる。しかし,自国内に陣取っている他国〔アメリカ〕軍の有事を想定し,日本の軍隊がそれをタダで〔もちろんその経費は日本がもつ!〕護ってあげるなど〔→自国内に居すわる外国軍の「傭兵」か?〕という「2国間の軍事的同盟関係=構図」は,通常の神経では考えられないほど異常な事態〔→馬鹿にお人好し〕ではないか。


 もしも,現在〔2002年秋に〕開催されている国会で有事法制関連法案が通過したら〔現状ではそのみこみはないらしいが〕,人類有史以来の軍事史において「もっとも人のよい軍隊」,すなわち「自国を護るのではなく,他国の軍事的使命〔もっぱらアメリカさんの軍隊〕に作戦協力する日本の他衛隊」が,この地球上に珍しくも登場したことになる点を,特記しておかねばならないだろう。


 6)「歴史は繰りかえされるのか? 最近,日本国内の全般実情はいうまでもなく,悪化の一路をたどっている。経済面では,デフレ基調の不況・不景気が長びいている。社会面では,経済面の悪影響のせいで「自殺」や「ホームレス路上死」も増加しつつあり,犯罪検挙率も先進諸国のなかでも最悪の水準まで落ちこみ,治安状況も当然悪くなっている。


 イージス艦1隻分の予算でもいい,現在この日本社会のなかに存在する困難な問題に向けて直接,救いの手を積極的に差しむけるべくつかうことのほうが,よほど効果的なお金〔税〕のつかいかたではないか。現在における執権党幹部たちは,こんなことにすら思いがいたらないのか。出身県への利益誘導・予算分捕りに熱心な国会議員であるが,〈国会〉議員である「本来の任務」を忘れている。


 アメリカ主催・主演の戦争‐戦闘のためなら,日本国の国際的・軍事的名誉のためであるから,金も人も軍艦もつかう,作戦行動における下請け的協力も惜しまない,というのである。だが,溶解しはじめているこの日本社会じたいを,すこしでも改善するための手当や予算はケチル為政者,それが小泉首相である。


 
日本にはまた,拉致問題で埒が明かないなら「北朝鮮を攻撃せよ!」と,勇ましくラッパを吹きまくる例の老人:石原慎太郎がいる。この元作家「都知事」のばあい,狂気‐瘋癲を思わせるそうした「国家暴力的なたぐいの発言」を繰りかえしてきた。そもそも,この老人にそういう調子のラッパを吹かせる政治外交的環境を密かに造成してきたものがまさしく,アメリカという国一流の〈戦術‐策略〉であったことを,肝に銘じておかねばならない。その意味で石原老人はピエロであり,あやつり人形でもある。


 2001年9月11日同時多発テロのあとアメリカ軍を主とする部隊は,オサマ・ビン・ラディン本人をこの世から抹殺するとともに,その率いるテロリストのネットワークを殲滅するという目的のため,アフガニスタンに潜伏すると判断されたタリバンを攻撃した。


 しかし,その戦闘行為によってどれほど,無辜の民が殺されたことか。9・11同時多発テロの被害者3000人弱を,はるかに上回る犠牲者を出しているはずである。その直接的な数値に関する証拠がないから事実ではない,などということなかれ!


 かつて,太平洋戦争に突きすすむことが「日本必敗」の途であることを警告した具島兼三郎(元満鉄調査部所属・九州大学教授)は,そのために,旧日本帝国軍部によって「牢獄」の鎖にくくりつけられる体験をした。具島は,1981年の著作自叙伝のなかで重ねて,こういう警告をしていた。


 自由の幅が日一日と狭まり,自由な発想がだんだんと姿を消し,平和を口にすることが憚られ,敵愾心や憎悪を煽ることが愛国的行動であるかごとくもてはやされ,科学的批判に堪えないような思想が幅を利かし,政府批判の言論が影を潜め,国の暴力装置だけがやたらに膨張をとげ,国民が目と耳と口を塞がれて,将棋の駒のように動かされるようになるとき,その国は外観上の威容にも似ず,破滅に近づいているのである(具島兼三郎『奔 流-わたしの歩いた道-』九州大学出版会,1981年,まえがきⅱ頁)


 最近における日本の政治的・経済的・社会的な全体状況は,具島兼三郎が20年以上もまえに〔過去の出来事:失敗に対して〕警告した以上の中身を再現するかのような様相をみせはじめている。


 7)「カタルシスとしての北朝鮮拉致問題   前述のとおり,アメリカをねらった同時多発テロが2001年9月11日におこった。この惨事発生に対してアメリカ一国帝国主義がみせた態度は,極度にとりみだしており,狂乱的に映った。ブッシュ2世大統領は「宗教戦争」を想起させる口つき〔狐憑き?〕となったり,アメリカがわには「無限の正義」がある〔神が味方に付いた!〕などとも口走ったりした(「無限の正義」はのちに「不朽の自由」にあらためた)。アメリカ一国帝国主義の傲慢さ・傲岸さには,目に余るものがある。


 過去において,そのテロに相当するような戦闘・攻撃が米国本土にくわえられたことはなかった。1941年12月8日,旧日本海軍によるハワイ真珠湾〔奇襲〕攻撃は,アメリカが侵略し奪った土地に施設された海軍基地に対するものだった。


 また,2001年10月15日に実現した「北朝鮮に拉致された日本人の帰国」以後,本件に関する報道一本やりにみえる日本のマスコミ〔とくに週刊誌〕は,「悪玉」と断定した北朝鮮関係方面に向け,罵詈雑言の言説を盛んに焚きつけている。そこには,日朝正常化交渉など棚上げしたかにみえる様子すらうかがえる。


 北朝鮮嫌いの自民党幹部および有力議員,関係議員がこのときとばかり大活躍の場をみいだしている。しかしながら,そうした攻勢は,北朝鮮にだけ向けて元気よく発揮するだけでなく,ぜひとも全方位外交的にも大いに活用してほしいところである。


 ところが,この国はアメリカさんが相手になるや,その反対に必要以上に萎縮する。軍事超大国:アメリカに対して日本がみせる「揉み手しながら下手に出る姿」は,みごとなまで対照的な姿であると同時に,きわめて卑屈で情けない光景である。


 
中国政府を相手にするときも,そうだった。たとえば,2002年前半,中国において頻発した北朝鮮の人々による一連の亡命事件のうち,在中国日本領事館へ亡命を求めて駆けこんだ1家族への対応でみせた日本政府外交官の態度は,その典型的事例である。


 いずれにせよ,昨今における北朝鮮との関係から生起したそうした「日本という国の政治外交」はあたかも,経済社会の顕著な不調・不振を瞬時でも忘れさせる鎮痛剤,あるいは,一時の空元気をつくりだすカンフル剤になっているかのようである。


 8)「狂気の国,盲従する国  さて,前置きがだいぶ長くなってしまったが,山内敏弘編『有事法制を検証する』(法律文化社,2002年)は,現状のように政治的にゆきづまり,経済的に低迷する日本社会のかかえた病理現象の本質に肉薄する著作である。


 ◎1   ……同書の「はしがき」は,有事関連3法案を日本をアメリカといっしょに戦争のできる国家へと導くものである」と規定する。第1章「9・11事件とアメリカの軍事外交政策」(浅井基文執筆)は,9・11事件以来明白となった「21世紀アメリカ帝国主義」の本性を適切に説明する。


 ◎2 ……9・11事件を軽くみる余地はないが,世界各地で報道されないだけで実は,今回の事件と匹敵する,またそれ以上の凄惨な事態が日常的におこっている。しかしなぜか,今回の事件に関する徹底的追及のみが強調され,すべてアメリカの論理ですすめられている(3頁)


 これまで国際政治の場においてテロリズムということばは,政治的に中立な意味でつかわれるものではなかった。それは「権力に抵抗するケース」も「権力がおこなうケース」もある。問題の根本にあるのは,自由と民主主義にどういう立場をとるかではなく,アメリカの対中東政策に対するアラブ・イスラム諸国の批判・不満である。問題のすり替えがアメリカの国際的「十字軍」糾合への動員になっており,問題は深刻である(5頁,6-7頁)


 ◎3 ……「アメリカとテロリズムのいずれかを選択せよ!」という迫りかたをするのも,明らかに問題のすり替えであって,問題解決を複雑にするだけである。というのは,今回の事件を批判し「犯人を処罰すべきだという立場に立つこと」は,「アメリカの好き放題にすることを認めること」とは,まったく別の次元の問題だからである。アメリカの迫りかたは,真の国際的とりくみの可能性を奪っている。アメリカは,みずからが戦略的に物事を考える冷静さをうしなっている(7頁)


 
アメリカがアフガニスタンの無辜の市民を犠牲に巻きこむ軍事行動をとることに対しても,「国家によるテロリズム」として反対しなければならない。ビン・ラディンの目標は,従来のいわゆるアラブ・テロリズムとされるものとは,異質のものである。彼は,イスラムの聖地であるサウジアラビアに駐留するアメリカ軍を追いだし,ひいてはアメリカの中近東,さらには世界支配を挫折に追いこむ「国際的な聖戦(ジハード)」をおこなうことを目標にしている(8頁)


 
◎4 ……問題は,ビン・ラディンの行動はともかくとして,「その認識と思想」がまったく現実を無視した,したがって「いっさいの支持基盤をもたないものどうか」ということである。ビン・ラディンの思想は,アラブ・イスラムの世界では異端でもなんでもない。それを,テロリズムとして「割り切ってあつかうアメリカ」に対して無批判な日本国内の一般的な風潮は,問題の根本原因を認識しその解決にとりくむ可能性を奪うものである(9頁,10頁)

 アメリカの中東政策,さらには『自国(アメリカ本位の二重基準〔ダブル・スタンダード〕』の政策にこそ,今回の事件を生みだした根本的な原因がある。事件の再発を防ぐもっとも重要なとりくみは,この原因をとりのぞくことに向けられねばならない(10頁)


 
◎5 ……9・11事件以来のアメリカの軍事外交政策は,常軌を逸した《狂》の次元に入りこんでしまっている。しかもアメリカは,「アジアにおける最大の同盟国としての日本」の重要性を念頭においていることを,日本は適確に読みとらねばならない。9・11事件は,アメリカの軍事外交戦略にとてつもなくおおきな変質をもたらしつつある。また,アメリカのアジア重視の姿勢は微動の変化もない。「日本の有事法制への動きは,このようなアメリカの軍事外交戦略のなかで位置づけられている」ことは,みやすい道理である(11頁,13頁)


 アメリカがいま準備している軍事先制攻撃は,「悪の枢軸国」と名指ししたうちの一国イラクに対するものである。「この戦争はわれわれの時刻表によっては終わらないだろう。しかし,この戦争は確実にわれわれの時刻表にしたがっておこなわれるだろう」というブッシュの発言にみられるように,本当に被害妄想におちいった者の狂気の響きしか感じられない。


 
◎6 ……「独立国家に対する先制予防攻撃の論理」を認めてしまったら,国連憲章制定以来の国際法体系は崩壊する核兵器の使用,とくに先制使用を認めたら,戦後一貫して維持されてきた核兵器に関するいっさいのタブーが破られることとなり,国際社会は暗黒の世界に突きおとされる(17頁)


 
きわめて遺憾なことは,国際的に以上の認識が徐々に広がりはじめているというのに,日本の小泉政治が「アメリカの行動を全面的に支持する姿勢」を平然と打ちだしていることである。そのことは,有事法制が「日本による先制予防攻撃の可能性を排除するものではない」。したがって,日本は再び,アメリカとともに国際社会に対する加害者としての道にすすみ,地獄に転がりこむ危険性が増している(18頁)


 9)「『日本財界新聞』の政府御用的性格  以上,アメリカに対する日本国の顕著な従属ぶりは,まったくその属国とみまがうほどひどいのである。アメリカ軍の構築しつつある「イラク攻撃予定の陣列」に,喜々としてくわわろうとする「日本の防衛庁:自衛隊の姿」が,ありありと浮かんでくるではないか。日本国民はいつ,自衛隊がそのように,アメリカの戦争行為予定に加担することを認めたのか? 日本国民は,自衛隊の戦時〔有事:war time〕行動を,与党や小泉首相に対して認めたのか?


 ところが,『日本経済新聞』2002年11月20日「社説」は,「なぜイージス艦は行かないのか」と,つぎのように論説する。


 日本政府は,テロ対策特別措置法にもとづき海上自衛隊をインド洋に派遣していたが,半年間延長した。当然である。だが,せっかくの高性能の装備があるイージス艦をなぜ派遣しないのか,と主張する。


 日本は,イージス艦の派遣を見送ったけれども,それでなにをえたのか。皆無である。アメリカ政府は失望感を表明した。仮りにテロリストから日本の「平和主義」をほめられても,それには意味はないと。


 --だが,山内編『有事法制を検証する』が教えるように,「日本をアメリカといっしょに戦争のできる国家へと導く」「アメリカの軍事外交政策」に対して,率先して協力せよと提唱する『日本経済新聞』社説の論調は,きわめて近視眼的である。それは,「国際的にも認識が徐々に広がりはじめている」「平和を追求しようとする努力や路線」に向かって,真正面から堂々と反対するものである。それはまた,今後の世界情勢を視野狭窄的にしか展望できてないものでもある。


 要は,日経「社説」の論説は,アメリカという一大強国が恣意的に予定を立てた軍事行動に対して,日本も積極的に参加することを勧めている。だが,もう一度いっておこう。日本国民およびこれを代表する日本の国会は,いつ・どこで・どのようにして,イラクに対する「先制攻撃的な制裁戦争」をおこなうと勝手に決めたアメリカ帝国主義軍に味方するために,海上自衛隊の主力艦艇であるイージス艦の派遣を認めたというのか?


 
『日本経済新聞』の論説はその後も,アメリカ政府の対イラク姿勢を擁護・支持する姿勢をみせている。こういう
(2002年11月25日「風見鶏」)


 
アメリカの文書を読めば,
「先制」攻撃とはいっておらず先制「行動」であり,それには同盟国との協議など外交活動をふくむとある,軍事行動一本やりではないと。だが,これは奇妙な詭弁的論調である。アメリカがそのような政治的修辞を弄せるのは,軍事的強国だからである。


 
本ページは,『日本経済新聞』は『日本
財界新聞』だと揶揄されていたことを紹介したけれども,それではまるで『日本政府新聞』(政府弘報紙?)である。アメリカの追随が得意な日本政府の行動を,日本経済新聞が指南する論調を展開することで,日本経済の景気が回復していくといいのだが……。


 つぎに,以上に論及した『日本経済新聞』「社説」とはまるで対照的に,『朝日新聞』2002年11月20日「社説」は,日本「政府は情報を公開せよ」と論説している。


 日本政府は,アフガニスタンとその周辺での作戦を助けるためインド洋に護衛艦や補給艦を送り,米英艦艇に燃料を補給してきた。金額にして80億円を超える。アフガンではアメリカ軍の活動が長期化し,国内安定への道はなお遠い。ヨーロッパ諸国の軍隊を主体とする治安維持軍もつづいている。だからといって,自衛隊の活動延長がさしたる説明も議論もなしに決まってしまう現状は,あまりに異常ではないか。


 自衛隊の派遣は,テロ対策措置法という特別法による。戦時の米軍支援という行動は,あくまで臨時で緊急の状況に対処するために国家が認めたものである。もともと2年間の時限立法で,しかも一定期間をおいて延長か否かを,政府が判断しなおすのもそのためである。国際テロの状況はどうか。自衛隊の活動をどう評価するか。今後の対テロ協力としてのなにが必要か。それらを国会と国民がきびしく点検することが欠かせない。


 もっとも気がかりなのは,イラク情勢とのかかわりである。アメリカが対イラク戦争に踏み切ったばあいでも,日本は法制上支援はできないし,すべきでもない。だが,米軍が手薄になるアフガン周辺で支援をつづけることは,間接的にイラク攻撃を助けることにもなる。それは,対テロ協力としての役割に限定されるべき自衛隊の性格を実質的にかえることにもつながる。


 日本政府は,国民に必要な情報を開示し,与野党はそれをもとに「新たな脅威」の時代の日本の役割とその限界を議論しなければならない。


 --日経「社説」よりも朝日「社説」の論旨のほうが,より現実的・客観的に情勢を分析し,的確な批判もくわえていることは,誰にでもわかる道理である。日本政府は,自国民全体に対する民主主義的約束ごとよりも,アメリカに対する忠義立てのほうを優先する姿勢をもっている。こういう日本国家の姿勢は,ふつう「売国・亡国」的,わかりやすくいうと「幇間的・身売り的」行為,あるいは没主体的・国家陥没的疾病の現われと形容するほかない。


 10)「憲法第9条の完全空洞化  最近の日本政府は,公明党と保守党との連立政権下,衆議院でも参議院でも多数を占めていることを悪用し,好き勝手をおこなっている。しかし,インド洋‐アラビア海に派遣した海上自衛隊〔諸艦船〕に,国会で決めた範囲を平気で逸脱する「国家的=軍事的な行動」を許すやりかたは,それこそ脱法的放逸と称すべきものである。


 なによりも一番問題なのは,「憲法第9条を有するこの日本」という国ではあっても「世界でも有数の軍備をもっている」ためか,これをこのさい,存分につかってみたくてしようがない,うずうずしている,防衛族のようすが透けてみえてくることである。アメリカ政府も,忠実な手下であるこの「日本の軍備」を思いどおりに存分使役させたい気持が明白である。


 朝日「社説」は,「対テロ協力のありかたや〈歯止め〉をめぐる野党や世論の関心も,特措法成立時にくらべて薄れてしまったようにみえる」と指摘している。いまやまさに,当該問題に対するこの日本社会世論の関心の低さが重大な問題である。だが,政治的混迷にはまり,経済的不況の波もますます高まるほかない現状のなかでは,とてもそんな遠い海の向こうのことまで,人々の気持がおよばないかのようである。


 一国の財政状態が貧するのと連動するかたちで,ただちに政治的品位まで落ちるようでは,その国の品格どころか素性まで問われかねない。とくにアジア諸国は,最近の日本が再び軍国的強国の方向をとるのではないかと,警戒している。


 21世紀のアジア全体情勢のなかで日本は,いかなる地位・役割・機能をはたそうとしているのか。海をへだてたアメリカの顔色をうかがうことしかできない国で満足し,今後もそうありつづけるのか。


 ともかく,どのような軍事的行動であれ,その展開にともなう経費負担は,けっして軽微でない。日本はとりわけ,国際貢献のありかたを,もっと真剣に再考する必要がある。大親分「アメリカ」の準備しているイラク攻撃=戦争作戦予定に関していえば,軍事面においてただひたすら,そのいいなりになる「子分」であるかのように行動する体たらくは,いい加減やめにしたいものである。 

 


  
 
北朝鮮工作船事件と海上保安庁の蝉変



 
山内敏弘編『有事法制を検証する』(法律文化社,2002年)第Ⅱ部「有事法制の展開と問題点」第11章「海上保安庁法の改定と領域警備」は,「北朝鮮不審船‐工作船」撃沈事件に関する専門家の分析と批判をおこなっている。これをつぎに紹介する。


 
1)「サナギからチョウへ   2000年4月から海上保安庁の英語表記が,それまでの“Japan Safety Agency”から“Japan Coast Guard”にかわった。Safety は救難と海上犯罪の捜査に重点をおくが,Guard は領土‐領海警備を重視する。戦後日本最初の戦死公務員は,秘密裏に朝鮮戦争に派遣された特別掃海隊の海上保安官であった(184頁,186頁,187頁)


 1990年代までに海上保安庁の能力は,「日本有事」のさい自衛隊と一体に運用され,海上自衛隊〔と米海軍〕の従的な任務,沿岸監視や臨検など治安維持をうけもたされる法的枠組を確立してきた。同年代になると「国際緊急援助隊法」や「PKO協力法」制定にともない,自衛隊とともに海外派遣任務も与えられている
(188頁)


 
以上,海上保安庁の海上警察的側面と準軍隊的性格との垣根が,長い時間のあいだに〔自衛隊のばあいと同じく〕なし崩し的にとりはらわれてきた。1999年と2001年におきた2件の「不審船事件(のちに北朝鮮工作船と判明)」を機に急速にすすんだ〈海保の
軍隊化〉,また Japan Coast Guard への変身は,そうした歴史的経緯に負っている(188頁)


 
2)「海保装備の軍事化  1999年能登半島沖と2001年奄美大島沖の「不審船事件」に直面して,日本政府当局の国境管理‐海上治安維持の基本方針は,警察的対処から軍隊的対処へとおおきく変換した。2つの事件に関しては,つぎの明確な相違点がある。

 a) 発生地点における〈領海内〉と〈公海上〉。

 b) 武器の用いかたにおける〈逃走阻止‐威嚇射撃〉と,撃沈につながる〈船体‐危害射撃〉。

 c) 一方は,領海侵犯という〈国内法における不法行為〉の次元で論じられるが,他方は〈国際法の領域に帰属〉し,日本には今回,国際海洋港条約にもとづく限定された「主権的権利」しか有しない。2隻の不審船を,同一文脈でとらえる無理がある。


 しかし,テレビで同時中継され,何十回も繰りかえされた「刷りこみ効果」によって加熱した「世論形成〔情報操作〕」と,それによって一時的につくりだされた「排外的な国民感情〔対北朝鮮観〕」に便乗して,日本政府は事件後,海上国境の警備方針を「予防‐逮捕(拿捕)」を原則とする警察活動であるより,「威嚇‐殲滅(撃沈)」に重点をおく軍事活動のもとに一元化しようとする方向に明確に変化させた。


 
それは,ひとつは自衛隊の海上警備行動
(自衛隊法第82条)の条件を緩和させようとする動きであり,いまひとつは海上保安庁による領海警備活動を拡大強化する動きである。ともに「領域警備」という名称でくくられるが,目的はかわらない。どちらも国境管理の軍事化指向である。政治手法からみると“攘夷熱”の煽り立てといっていい(189頁)


 
同時にそれは,「周辺事態法」で想定された対米支援の海外派兵=集団的自衛権と,「武力攻撃事態法案」に盛られる国内非常体制確立との,いわば中間地帯に当たる部分-領海および 200海里経済水域-に軍事的影響力を浸透させようとする冷戦後安保協力の意図でもある。


 領域警備という考えかたは,1989年代の「シーレーン防衛」と似て〔しかし今回は線から面へとかたちを広げながら〕,根底においては日米安保協力=ガイドラインの枠内に収まる軍事的膨張の形態とみなしうる。そこにおける自衛隊と海保の関係は,アメリカ海軍とコースト・ガードのような平‐戦時にわたる広い地域と任務分担を共有した一体化である
(190頁)


 
1999年と2001年の不審船事件を機にそのように,自衛隊による領域警備態勢も,新部隊編成や装備面において着々と実施にうつされている。1999年6月,内閣官房と関係官庁は,「能登半島沖不審船事案」で北朝鮮工作船をとりのがしたとする教訓・反省事項から,以下の対策をまとめた
(『海上保安庁レポート2002』より)

 ① 海上保安庁および防衛庁は,不審船を視認したばあい,すみやかに相互通報すること。

 ② 状況により官邸対策室を設置するとともに,必要に応じ関係閣僚会議を開催し,対応について協議すること。

 ③ 巡視船艇の能力の強化など,海上保安庁などの対応能力の整備を図ること。

 ④ 海上保安庁および自衛隊のあいだの共同対処マニュアルの整備など,具体的な運用容量の充実を図ること。


 --これを踏まえて巡視船の武器に,目標を自動的に追尾する能力を有する20ミリ機関砲が搭載され,防御能力を強化した高速特殊警備船3隻を日本海がわに配備,既存巡視船にも自動追尾機関砲と防御能力の強化が逐次ほどこされた。


 
3)「軍事的対応への傾斜   また,海上自衛隊との連携強化を図るため「共同対処マニュアル」が作成され(1999年12月,本ホームページの別ページにおいて紹介済み),双方艦艇による連携訓練が実施されるようになった。これら装備,訓練における標準‐共同化がすすむなかで,「危害射撃」容認を盛りこんだ海上保安庁法改正が2001年11月におこなわれている(190-191頁)


 
その海上保安庁法改正によって,従来,人に危害を与える武器使用の許容基準とされてきた「正当防衛‐緊急避難‐重大凶悪犯罪の既遂犯」の3要件が,「船舶の進行の停止を繰りかえし命じても乗組員などがこれに応じず,海上保安庁の職務の執行に抵抗し,または逃亡するばあいにおいて,海上保安庁長官が認めたときは,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において,武器を使用することができる」となった。


 上記で長官が認める要件とは,つぎの新4要件である。

 ① 外国船舶と思料される船舶が,我が国領海内で無害航行でない航行をおこなっている。

 ② 放置すれば将来繰りかえしおこなわれる蓋然性がある。

 ③ 我が国領域内における重大凶悪犯罪の準備のための疑いを払拭できない。

 ④ 当該船舶を停船させて立ち入り検査をしなければならない,将来の重大凶悪犯罪の予防ができない。


 
この新4要件によって,射撃をおこなって不審船を沈没させて乗組員を殺害しても,海保の行為は「違法性が阻却される」ことになった。


 
しかし,以上のうち「領海侵犯がおこなわれた濃厚な疑いと停船命令拒否(職務質問および立ち入り検査からの逃亡)」の現行犯的事実をのぞけば,いずれも漠然とした容疑であり,客観的に重大な犯罪が現認された状態とはいえない。


 
もし,陸上で警察官がこうしたあいまいな疑いによって職務質問から逃亡を試みる人物を射殺したとすれば,まちがいなく責任を問われるであろう。明らかに「警察比例の原則」からの逸脱,軍隊的対応への傾斜というべきである。


 
そのような法改正が,ただ1回の領海侵犯,また容疑事実でさえ定かでない国籍不明船の出現によっておこなわれたことは,日本政府が度をうしなったと評するほかない。幕末の「
異国船無二念打払い令」やペリー艦隊来日のさいを思いおこさせる「太平の眠りを覚ます不審船,たった2杯で夜も寝られず」が再現されたのである(191-192頁)


   
4)「武力行使の狙い   さて,2001年12月の「奄美大島沖不審船事件」は,日本の公権力が戦後はじめて国外において先制的な武力行使に踏みきり,外国人死者多数をもたらす事例を記録することになった。


 この事件「九州南西海域不審船事案」が発生すると,不審船が発見された地点は領海外 200キロ以上の公海上であった。だが,海保長官は,そこが日本の「排他的経済水域」であることを理由に,法改正で道が開かれた船体と乗組員に対する危害射撃を指示した。海保の巡視船はそのとき,危害射撃容認の国内基準沿岸を越えて国際水域まで押しひろげた。不審船は撃沈され,15人と推定される乗組員が死亡した。


 
不審船発見から撃沈にいたる経過は,公海上で日本政府公船=巡視船がおこなった国家主権の発動は,国内法の適用条件を欠き,また国際法からみても過剰かつ違法な行為と非難されていたしかたない,乱暴なものであった。同時に,
事件発生日時が「テロ対策特別措置法」にもとづく,自衛隊艦艇のインド洋出動と同時期であったことから,海上警察活動に名を借りた“周辺事態対処”の示威的側面もみえかくれする(192頁)


 
「九州南西海域不審船事案」,つまり「奄美大島沖不審船事件」に関する詳細な経過ははぶく。ニュースで繰りかえし放映された「不審船が機銃とロケット砲で反撃してくる」以前になされた,「巡視船による威嚇射撃と火災を発生させるほどの船体射撃(乗組員への危害も十分予測される)」が適法であったか否かが問われなければならない。


 
事態はそのようにはじまっており,相手がわによるロケット砲発射は一連の流れのなかで“事後的”になされたものだからである。「外観は漁船であるのに漁網がみられない」,「問いあわせに応じない,旗を揚げない」ことをもって,領海外にいる外国船への発砲が正当化されるのか。今回の危害射撃が依然,適法とみなされないのは,法改正によっても明白である。“外観の異常”や“乗組員の異常な挙動”をもって武器使用の根拠とすることはできない。


 
要するに,「停船命令を拒否したという理由だけで意図的に武器使用をおこなったばあいは,過剰であり違法である」。過去の国際判例が掲示されているが,いずれも武器使用を違法としたものである。これによっても,
巡視船の武器使用が国際法上,過剰かつ違法な行為であり,強引きわまる武器使用であったか理解できる。


 
たとえ,武装工作船の疑いが濃厚であったとしても,形式的な漁業法違反を根拠に撃沈・死亡にいたらしめた海保の行為は,国際法解釈からかけはなれている。不審船からのロケット砲発射後の正当防衛射撃は容認されようが,それは事後的な合法性であって,発端と経過に違法・過剰があるなら全体の正当性は主張できない
(192-193頁)


 
 
5)「国際法上の違法性   今回の事件「九州南西海域不審船事案」のあと,内閣官房を中心に海保をふくむ関係官庁により検証作業がおこなわれた。その結果は,2002年4月「不審船対処事案の検証結果」として発表された。だが,それには国際法からみた対処の妥当性についての明確な説明がない。


 つまり,この種の事例では,武器使用要件の緩和が困難なことを言外に匂わせつつ,武器使用が適法でなかった事実をなかば,自認しているようすがうかがえる。事後もっぱら,「不審船引揚げ」に国民の関心を引きよせざるをえなかった経過も,国際法との調整がむずかしいという日本政府の判断を,裏がわから物語るものといえる。少なくとも,国内法と国際法および両者の整合性の観点から,法的正当性を証明することはできなかった。


 
しかし,そうした事実は,日本政府・海保が同様な事件にさいして武器使用に抑制的姿勢をとることにつながるものではない。むしろ逆である。不審船引揚げのニュースとともに撃沈された船が重武装していたという情報がその後も継続してながされ,同じことがおこってもやむをえない,とする世論づくりがおこなわれている。


 
日本政府は,今回の事件を契機にさらに一歩すすめ,国際海域における海上保安庁との海上自衛隊の一元的運用をめざしている。この攻撃的姿勢は,行動の場が警察活動に名を借りたEEZ
(海洋区分の新秩序,沿岸基線から測って最大 200海里を沿岸国の特定事項についての「主権的権利」と「管轄権」を容認したもの)という領海外に設定されていることを考えるに,今回の「不審船」撃沈事件は,領域警備=領海プラス国際海域での「軍事的行動の実体化」とうけとるべきである(197-198頁)

 
 
6)「海保の変貌」  海上保安庁は,現在職員数1万2千人,巡視艦艇 521隻,航空機75機を擁し,人員・船艇どちらをとっても,アメリカに次ぐ世界有数の海上警察組織である。東アジアの地理的つながりが「海の共同体」を基盤としている事実に思いいたすなら,“テロと不審船”に特化させた Guard ではなく,拡大した SafetySymbiosis(共生)の分野にこそ,海保の役割はあるはずである。

 
 しかしながら現実は,1999年と2001年におきたふたつの不審船事件を契機に,海保の活動は「領域警備」という軍事的分野に誘引されている。そこには,国境を軍事力によって閉ざし,その力を水際‐領海から沿岸‐遠洋へと拡大させる衝動,そして,海保の能力を警察活動であるより軍事的治安任務のもとに統合しようとする日本政府の狙いが明瞭にうかがえる。

 
 アメリカでは,海軍とコースト・ガードを統合して「ナショナル・フリート」とする新概念が打ちだされている。ここ数年における日本の動きも,それと揆を一にした印象が強い。
『蟹工船』の情景が再現されるのか。海保が領域警備の方向にすすめば,自衛隊はその分だけ「テロ対策特別措置法」で切りひらかれたインド洋への道,また「周辺事態法」によってとりこまれた極東の海に,よりいっそう関与することができる。

 
 海保に与えられるべきものは,領域警備という名の「沿岸警備」の位置づけである。そして最終的に,軍事基盤構築の国内部分に当たる「有事法制」が完成したとき,公海から国内につらなる同心円形の国防体制が輪郭をあらわすのである
(199-200頁)


 
7)「アメリカの子分:日本の【国内治安出動訓練】   以上,海上保安庁の性格変質に関する議論を,そうとうくわしく聞いてきた。最近〔2002年11月〕,北海道警察本部と合同で自衛隊が,国内治安出動訓練を実施したという報道もなされている。毎日新聞から引用しよう。


 
この記事:日本「国内治安出動訓練」が意味するものは,必ずしも,日本国内への外部〔外国〕からの侵入者だけを想定してのものではない。

 
治安出動訓練:陸自と北海道警が18日に実施
  


  
防衛庁と警察庁は2002年11月8日,「治安出動」を想定した陸上自衛隊北部方面隊と北海道警による合同訓練(図上演習)を18日,札幌市の道警本部で実施すると正式に発表した。訓練結果は,両庁に報告され,問題点などを整理し,他地域での訓練や実動演習などに生かす方針。

 双方から約20人ずつが参加し,会議室の地図上で部隊を動かす。強力な武器を持つ武装工作員が上陸したとの想定で,(1)首相が自衛隊の治安出動を命令する以前の双方の連絡,(2)治安出動が命令された場合,住民の避難,武装工作員の鎮圧,重要施設の警備の連携――などを行う。

 ただ,ゲリラの規模や発生場所など詳しい想定については,「敵を利することになる」として公にせず,報道陣への訓練状況の公開も見合わせることになった。

  『毎日新聞』2002年11月8日 ( 2002-11-08-20:16 )

 

 アメリカの催促をうけて,日本政府がその成立を狙っているのが「有事法制〔法案〕」であり,その眼目は「在日米軍を守り協力する目的」である。自衛隊の海外派遣は当然の任務である。並行してなかでも,現在の日本国内において「おこると想定したら一番おこりやすい事件」は,米軍基地へのテロ活動である。また,日本国内じたい,すなわち日本人関係自身から,反「アメリカ」・反「在日米軍」として発生する事件にも備えねばならない。日本政府と在日米軍は現実的に,そういう想定のもとに対処している。


 毎日新聞が報じた「国内治安出動訓練」は,地元の北海道新聞も当然,記事にしている。ここに紹介しよう。

 


実戦を想定,着々と 陸自と道警の治安出動共同訓練

 


 武装工作員の北海道上陸―発見―鎮圧。陸上自衛隊と道警が11月18日,初めて実施した共同図上訓練は,詳細なシナリオに基づいた治安出動を見込んだものとなった。「実戦を想定した」だけに,防衛庁と警察は,その対処訓練の内容を秘密にベールに包み,詳細を明らかにするのを拒んだ。

 「任務に支障があるので明かせない」。両庁とも,記者会見はしたものの,口は極めて重かった。訓練を担当した防衛庁運用局は,武装工作員の人数,武装程度,重要施設の場所や出動する自衛隊,警察の部隊規模など一切,公表しなかった。

 ただ,今回の訓練については「道内の実際にある重要施設を想定し,侵入認知から最終的な鎮圧まで具体的なシナリオはある」と述べ,民間人被害の想定も否定はしなかった。本道が初訓練のモデルケースに据えられたのは,朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から亡命した元武装工作員などが著作の中で,北海道沿岸の上陸地などを指摘していることも関係しているとみられる。

 警察は民間人の避難誘導や検問など後方支援が中心に,自衛隊は武装工作員鎮圧の前面に出ることが想定され,その役割分担を確認するのも,今回の訓練の目的だったとみられる。

 この図上訓練に先立って,陸自は今年7月,第7師団(千歳市)で陸自として初めて市街地に侵入した武装工作員の鎮圧を目的にした治安出動訓練を行った。「機関銃など警察の対処能力を超える武器を有した武装工作員が立てこもった建物を攻撃し,工作員らを掃討する」というシナリオだった。

 陸自が治安出動訓練を行うのは,安保闘争の終えんで騒乱鎮圧に向けた訓練を休止した1970年代半ば以来,四半世紀ぶりという。陸上幕僚監部は第7師団の訓練について「騒乱を想定した訓練は時代の流れで必要なくなったが,武装工作員対処という新たな危機を前提に治安出動訓練を行うのは当然」と話し,今後も訓練の回数を重ねる考えを示している。
 

 『北海道新聞』2002年11月19日〔00 : 42〕


道警と陸自が共同図上訓練 武装工作員上陸を想定 抗議の市民も
 


 武装工作員が本道に上陸した際の治安出動を想定した道警と陸上自衛隊北部方面隊による共同図上訓練が11月18日午前,札幌市中央区の道警本部で始まった。治安出動で警察庁と防衛庁が共同訓練を行うのは初めて。

 訓練には道警と北部方面隊から,警備部長や防衛部長ら各20人ずつが参加した。同日午前九時すぎから,道警本部内の会議室で,2メートル四方の北海道地図を挟んで両組織の参加者が向かい合って座り,図上演習が繰り返された。同日午後5時に終了予定。全国の警察,自衛隊関係者ら60人も視察に訪れた。

 訓練は「機関銃やロケット砲など強力な武器を持つ武装工作員が本道に上陸。警察だけでは対応できない状況に陥り,北部方面隊が治安出動した」という想定。工作員の武装状況や人数の把握といった初期段階から,住民の避難誘導,ライフラインなど重要施設の防護,武装工作員の追跡と鎮圧など最終段階まで,両組織の役割分担や相互連携の基本事項を確認した。

 一方,道警本部の正面玄関前には,市民団体のメンバー十数人が集まり,「治安出動訓練を許さない」などと気勢を上げた。

 治安出動は自衛隊法七八条などで規定され,警察力では対応できない緊急事態に内閣総理大臣の命令で自衛隊が出動できる。

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のミサイル「テポドン」発射や工作船事件などを受け,2000年12月,自衛隊と警察間で締結された「治安出動に関する協定」が46年ぶりに改定。旧協定は暴動鎮圧などを想定していたが,現在の協定は武装工作員によるテロ活動も対象となっている。今後,全国各地で共同訓練の実施を検討している。

 『北海道新聞』2002年11月18日〔11 : 30〕

 

 「悪の枢軸3国」とアメリカが決めつけたうちの1国が北朝鮮であることは,周知のことがらである。北海道新聞が上記で報道した内容は,明らかに北朝鮮の工作船ならぬ「工作員」に対する「治安出動訓練」が主目的である。もちろん,国内で予想される暴動・騒乱を念頭においた訓練でもある。


 
関係当局は,いままで北朝鮮の工作員を日本国内で跳梁跋扈させてきたが,その「不始末・だらしなさ」は棚上げしている。いまどき,アメリカ軍が予定する軍事行動:イラク先制攻撃に連動させるかたちで,日本国内にある米軍基地を「北朝鮮の工作員から守ること」などを目的とする「治安出動訓練」を実施した。これは,作為的な〔軍事訓練だから当然「作為的」か〕泥縄式の対応であり,かつ唐突・異様である。日本はまだ,有事法制の成立をみていない段階である。それゆえ,アメリカの世界戦略に対しては,現状における日本の軍隊や警察のできる範囲内で,最大限の軍事的・警察的な協力を惜しまないという姿勢をしめしたのである。


 
日本政府は,在日米軍のために「思いやり予算」を付けてあげている。なにゆえ,日本の軍隊‐警察〔防衛庁自衛隊‐警察庁〕がそんなこと〔米軍の下仕事〕まで任務に負わねばいけないのか。在日米軍基地がなければ,日本の軍事予算の負担が大幅に削減できるはずである。日本占領以来のアメリカによる軍事的介在が半世紀以上も経っているのに,いまだ終了しないという政治的支配‐従属関係は,異常をとおりこしてまるで「宗主国‐植民地の構図」である。


 「仮想する外敵」や「外部からの侵入勢力」に対応するための「軍隊」=国家防衛専守組織を,日本自身が予算を当てて計画・樹立し,いかに独自に編制・運用するにせよ,そういっておかねばならない。「日本」の国家外交的主体性は,アメリカ帝国主義の世界軍事戦略のなかで「軍事属国の地位」を強いられている。世界軍事情勢における日本は,完全に陥没した状態におかれている。その状態は,世界でも有数の軍備を備えた日本としては,そろそろ脱却したいものなのである。


 筆者が本ホームページにおける別のページ:
「2002年6月に検証する小泉政権と石原慎太郎」でも詳細に論じたように,北朝鮮の不審船=工作船に対する「国際法上適法とはいえない」海上保安庁艦船による先制攻撃は,その標的をみごとに撃沈した。そのさい当然,海上自衛隊の艦艇も近くに出動させていた。


 ところが,日本政府は新聞報道においては「不審船が沈没した」と書かせた。

 
 すなわち,その「不審船=工作船」があたかも「自沈したかの印象」を与える「情報操作‐世論誘導」をおこなった。仮りに,海上保安庁の艦船にくわえて,圧倒的な兵装・火器を備えた海上自衛隊の艦艇が交戦したとすれば〔いまのところ,自衛艦が戦闘に参加しえない理由はいうまでもないが〕,漁船を改装したあの程度の不審船=工作船など,これが可動式の強力な武器を数種搭載装備していたくらいでは,瞬時に撃沈されるのが落ちである。

 
 いずれにせよ「不審船騒動」事件が発生したのは,舞台
舞台!?〕にいるけれども,日本に対して先導的に指示〔命令?!〕を出す「アメリカ軍当局の策動‐指図」があったからこそである。それが真相である。結局「不審船の撃沈」を予期,覚悟していたような日本政府当局の,いままでにみられなかった勇躍なる決断も実は,アメリカにせかされてのものであった。

 
 既述のようにテレビ番組のなかで,某元国会議員が臆面もなく「日本はアメリカの植民地」だと喝破できる理由は,今回の「不審船‐工作船」事件に対する「日本政府当局の態度形成」をとおして,いっそう明らかである。
 

 
 
 8)「いまなすべきこと   『朝日新聞』から引照すると拒絶反応をおこす向きもあると聞いているが,同紙 2002年11月26日朝刊には,北朝鮮工作船「事件」および,北朝鮮と日本との国交正常化問題を考えるうえで,貴重な意見が記述されている。

 
 ①
「50代主婦の意見」……日本は,他の同盟国に気づかうのか,自衛隊の派遣やイージス艦を提供するそぶりをみせている。そのようなことよりも,核兵器の恐ろしさをしらしめる義務があるのではないか(『朝日新聞』2002年11月26日朝刊「声」)


 ②
「自由党党首小沢一郎」……現状の日本は,与党が腐り,野党がぐじゃぐじゃになって世の中が深刻になると,日本で出てくるのは了見のせまいナショナリズム。そこにマスコミが乗る。それが昭和史の悲劇。それが繰りかえされるかどうかの瀬戸際である(『朝日新聞』2002年11月26日朝刊「野党よ 党首に聞く-危機が深まれば世論は動く,首相・与党「掛け合い漫才」)

 
 ③
「天 声 人 語」……カナダの首相報道官が,私語にしろ「アメリカの大統領をうすのろ」と読んで物議をかもした。風刺漫画:「フタをしたままの双眼鏡をのぞくブッシュ大統領」も描かれている。「諸君,これが私たちが選挙で選んだ男だ」。また,ロシアがまだソ連だった時代,「ブレジネフは馬鹿だ」と当時の書記長の悪口をいった市民が逮捕された。容疑は「国家機密漏洩」。

 
 最近の日本は,戦争を整備する法律を整備しつつある。とりわけ,有事法制法案が成立したりしたらどうなるか。軍国主義的な国家路線の再舗装がほぼ完成する。とはいえ,アメリカのいいなりに自国の軍隊〔自衛隊〕を動員・運用する「日本」でしかない点では,戦前に日本が構えていた国家体制とは相当に異なるが,軍制国家の政治的性格という根本においては,同質同様である。

 
 国民総背番号制:「
住民基本台帳ネットワーク・システム」が,〔いまだ欠陥だらけだといわれる〕個人情報保護法案の成立を前提しないで施行されている。この日本社会では,民主主義の形骸化がすすみ,個人‐市民の政治的自由と基本的人権が国家ファシズム的体制のなかに囲いこまれている。いまや日本における民主主義体制はかぎりなく死に体に接近している。くわえて,国家機密法案が再上程され,これが成立したりしたらまさしく,ジョージ・オーウェル『1984年』(1949年)の暗黒世界が実現する。

 
 もしも,人々がその「暗黒世界」が実現したにもかかわらず「世界を暗黒に感じない」としたらそれは,人々の目が塞がれ盲目となってしまったからである。そのとき人々は,為政者だけが真実をしり,被統治者たちは彼らの日陰でなにもモノがみえない,そうした世界に暮らすことを強いられる。そこにはきっと,一部の人間にとっての〈天国‐楽園〉とともに,そのほか大勢の人々にとっての〈煉獄‐失楽園〉が出現することになる。

 
 前段で50代の主婦が指摘する「アメリカ帝国」の独善的な専横と,政治家小沢一郎の指摘する「了見のせまい日本のナショナリズム」→「昭和史の悲劇」の危険性とが相乗作用をおこしつつある。このままでは「平成史の悲劇」が再現されかねない。あの「愚かな歴史の一幕」「悲惨な時期」をすっかり忘れてしまったのか? 1945年8月以前を懐かしがる大〈バカ者〉がこの国を引率しているなど,とは思いたくないのだが……。

 
 既述にもあったようにこの国は最近〔2002年10月15日より〕,北朝鮮拉致問題の追及に明け暮れ,マスコミも北朝鮮に罵詈雑言を浴びせることで,このところ日本社会に蓄積されてきた「日々細々の欲求不満」を,久しぶりに多少は解消できているかにもみえる。だが,足元にしのびよるもっと重大な「国家に対する市民〈概念〉存亡‐喪失の危機」に鈍感であってはならない。

 



 米軍が核兵器をつかうといったら,同盟国日本はなんとするか



 1)「テロの親玉国家:アメリカ」 ノーム・チョムスキー,山崎 淳訳『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文藝春秋,2001年11月,文庫版2002年9月)は,「テロ国家の親玉:アメリカ」を批判する書物である。まず,「訳者あとがき・解題」に聞こう。


 小泉首相は,「旗をみせろ
(Show the flag ! )」とアメリカがいうのを「軍事協力せよ」という意味にうけとり,早速,自衛隊を米軍に協力させる法律:「テロ対策特別措置法」を短期間内に成立させた。そして「これで国際社会に堂々と仲間入りできる」と胸を張った。はたしてそうか? 


 むしろ,2001年「9月11日のテロは,人道に対する由々しき犯罪」だと主張し,徹底的な事件の解明と犯人グループの背後にある組織の摘発や,共犯者の逮捕‐裁判を唱導すべきではなかったか。日本国憲法第9条はこのようなときにこそ,最大限に活用すべきではなかったか。戦争放棄の思想は,けっして軽いものではない。日本の凡庸な政治家が日本の存在感を世界にアピールする好機をまたもや逸した
(150頁)


 
戦略核兵器をつかうがいいか,とブッシュに同意を求められたら,小泉はなんと答えるつもりだろうかこの「テロの対する戦争」はそうした展開だってありうる(151頁)


 アメリカは9月11日のテロを単なる犯罪ではなく,戦争行為だといい,「テロに対する戦争」をすると宣言した。このばあい「テロということば」は,テロ一般を指すのではなく,アメリカおよびその同盟国に対しておこなわれるテロという意味である。つまり,「プロパガンダ的定義によるテロ」である。


 そうでなければ,同じように一般市民を殺戮し,ハーグの
国際司法裁判所によって「テロで有罪とされた国」が,「テロに対する戦争」を主導するという矛盾が表面に出てきてしまう。テロ国家の親玉が,テロと戦うというのは,暴力団の親分が暴力に反対するというのと似ている。うっかり信用できない(149-150頁)


 現在の推定では,コロンブスがアメリカ大陸を〈発見〉した1492年の時点で,ラテンアメリカ一帯には8千万人のアメリカ原住民がいた。それが,1650年には,5%しか残っていなかった。ものすごい虐殺がおこなわれたのである
(146頁)


 
2)「戦争の国:アメリカ」 第2次世界大戦後,アメリカが戦争,爆撃をした国を一覧する(143頁,以上「訳者あとがき・解題」より)


 
中 国,1945-1946年,1950-1953年。

   朝 鮮,1950-1953年。

   ガテマラ,1954年,1967-69年。

   インドネシア,1958年。

   キューバ,1959-1960年。

   ベルギー領コンゴ,1964年。

   ぺルー,1965年。

   ラオス,1964-1973年。

   ベトナム,1961-1973年。

   カンボジア,1969-1970年。

   グレナダ,1983年。

   リビア,1986年。

   エルサルバドル,1980年代年。

   ニカラグア,1980年代。

   パナマ,1989 年。

   イラク,1991-1999年。

   ボスニア,1995年。

   スーダン,1998年。

   ユーゴスラビア,1999年。

   アフガニスタン,現在。


 
3)「テロの定義」 アメリカの公式文書は「テロリズム」を,こう定義している(本文,99頁)


 
「政治的・宗教的あるいは,イデオロギー的な目的を達成するため,暴力あるいは暴力の威嚇を,計算して使用すること。これは,脅迫・強制・恐怖を染みこませることによっておこなわれる」。


 2001年9月11日のアメリカへの攻撃は,紛れもなくテロ行為であり,事実,人に恐怖感をおこさせるテロ犯罪である。これに不賛成の声は世界中にほとんどない,またあってはならない。しかし,テロということばにはプロパガンダ的なつかいかたもある。残念なことに,こちらのほうが標準的である。


 そのばあい,敵によってわれわれあるいは,同盟国に対しておこなわれたテロを指すのにつかわれる。そうした「プロパガンダ的なつかいかた」のほうが事実上,普遍的なものである。万人が「テロを非難する」のは,この意味である。かつてのドイツ・
ナチですら,テロをはげしく非難し,彼らが「対テロリズム」と呼んだ作戦行動を,テロリストのパルチザンに対して実行している(99頁)


 テロリストたちが頼りにしているのは,蓄積した切望・怒り・欲求不満の貯水池である。そうした感情は,金持ちから貧乏人まで,世俗的な者から過激な者までイスラム教徒全体に広がっている。アメリカの政策に少なからず根があるのは明白であり,聞く耳をもつ人々には絶えずいわれつづけてきたことである
(92頁)


 
4)「20世紀後半の米英テロ」 2001年9月11日のテロ事件が「文明の衝突」とはいえない。この点は,以下の事実をもって説明される。


 
イスラム国家であるインドネシアは,1965年にスハルトが権力をにぎって以来,アメリカのお気に入りである。軍が先頭に立って大虐殺をおこない,数十万人を殺戮した。ほとんどは土地をもたない貧農だった。虐殺を助けたのがアメリカである。スハルトは,クリントン政権が呼んだ「話のわかる奴」でありつづけた。20世紀後半の殺害・拷問・その他虐待の,もっとも恐ろしい新記録を打ちたてた。


 1980年代,アメリカはパキスタンの情報機関といっしょになって〔サウジアラビアやイギリスその他の国の助けもえて〕,アフガニスタンにいた
ソ連に最大限の被害を与えるべく,みつけられるかぎりのもっとも過激なイスラム原理主義者を募り,武器を与え,訓練をほどこした。間接的にその恩恵をうけた者の1人がオサマ・ラディンであった。


 1980年代にはまた,アメリカとイギリスは,その友人であり盟友であった
サダム・フセインに,クルド人を毒ガス攻撃するなど,最悪のテロを彼がやっていた時期ずっと,強力な支持を与えた。


 1980年代にはさらに,アメリカは
中央アフリカでおおきな戦争を戦い,20万人の拷問され手足をバラバラにされた死体,何百万人もの難民,荒廃した4つの国,をあとに残した。アメリカの攻撃の主要標的はカトリック教会で,教会は「貧者の優遇権(神はとくに貧者を愛する)を採択する」という重大な罪を犯していたからである。


 1990年代の初め,皮肉な権力の都合でアメリカは,バルカン半島の依頼人としてボスニアの
イスラム教徒を選んだが,イスラム教徒にはほとんど恩恵がなかった(86-87頁)


 
オサマ・ラディンは,アメリカがサウジアラビアに軍を駐留させていること,アメリカがパレスチナ人に対するイスラエルのテロを支持していること,それにイラクの市民社会をアメリカが主導して荒廃させたこと,などに対する地域の隅々に浸透している怒りを共有している。この怒りの感情は,富める者も貧しい者も共有し,政治その他のあらゆる区分を越えて広がっている(64頁)


 
結   論

   「アメリカこそ,主要なテロリスト国家である」(15頁)。「西側は敵の選びかたにおいて普遍的,世界的である。判定基準は,服従しているか否かであり,権力に奉仕しているか否かであって,宗教のいかんではない(22頁)


 
議   論》

   ●1「テロの帝王:アメリカ合衆国」

 アメリカは「民主主義と自由〔の女神〕と移民の国」である。しかし同時に,上述に記録されているごとき帝国主義的横暴を,性懲りもなく,継続的におこなってきた国である。9・11事件の直後,ブッシュ大統領が思わず「十字軍」と口走ったあと,これを「無限の正義」にあわてていいなおしたとはいえ,いずれのことばも,世界中で卓抜した軍事力‐経済力‐政治力を保有するアメリカ帝国の,「途方もない《独善的・狂信的精神:態度》」を正直に吐露するものであった。


 アメリカは,この地球世界を代表する民主主義的国家であることを標榜している。だが,この国がいったんなにか大事
(おおごと,騒動)をおこしたとき,その専横を適切に批判し,暴力の行使を適宜牽制できる勢力:他国(第3国)が,現状においては不在である。アメリカはだから,帝国主義的な政治手法を恣意的に用いることができ,かつ必要あらば,それをただちに軍事的行動にまで高じさせることも厭わない。前述「第2次世界大戦後,アメリカが戦争,爆撃をした国の一覧」は,その動かぬ証拠である。


 ●2
「戦後日本におけるアメリカの陰謀」

 敗戦後における日本政治史の深層底流にも,アメリカのが色濃く落ちている。昭和20年代におきた「下山事件」(1949年7月6日),「三鷹事件」(1949年7月15日),「松川事件」(1949年8月17日)はなぜか,そのすべてに共通して,国鉄〔現在のJR〕の現場がからむ怪奇事件であった。しかし,いまではまちがいなく,アメリカ占領軍関係筋の策謀による事件と推測されている。昭和40年代になると,田中角栄を追い落とすために「ロッキード事件」(1976年2月5日日本で報道開始)がおこされた。これも,日‐米関係を都合よくかえようとアメリカ政府筋がたくらんだ,国際政治的な陰謀事件であった。


 ●3
「死に体同然の憲法第9条」

 筆者はすでに,日本国憲法第9条が完全に絞め殺されつつあると断定した。小泉純一郎は,この「第9条」の最後の息の根を止めようとしているだけでなく,さらにはその葬儀委員長さえ務めるつもりでいる。


 この日本という国は,アメリカの子分格ではあっても,よりたしかな主体性をもち,自立した平和志向国家である,という立場・姿勢を堅持すべきではないのか。そして,現状における世界情勢のなかに厳在する非常に困難な多くの問題をすこしでも緩和・解決・発展するために,この国なりの理念を具体的に用意し,全力を傾注して国際貢献をすべきではないのか。


 日本の自衛隊をアメリカの助っ人〔本当は
担ぎ〕に駆りだすのは,たやすいことである。それよりむずかしいが,やりがいもあり,他国からも高い評価をえることのできる仕事は,平和志向の立場・姿勢から世界中の諸問題にとりくみ,その解決に尽力することである。自衛隊の陸海空3軍をいっさい派遣するな,というのではない。それよりも,未来にむかってより創造的・建設的であり,貢献度の効率性のもっと高い「平和路線での国際協力の道」があるはずである。


 ところが,小泉首相の思想と行動は確実にその反対方向を突っ走っている。〈現状の日米関係〉において日本は,「こん棒」片手に「妥協を許さない」と大声でわめいている番長,アメリカ帝国の「舎弟役:使い走り〔いわゆる
パシリ〕役」に満足しているかのようである。政治‐軍事的にもひたすら,彼国に追随するほか〈能がない〉この国。いまの日本国にできることは,そんなことしかないのか。


 ●4
「主体的尊厳を欠くこの国:日本」

 要するに,主体的独立性ある一国としてもつべき「最低限の矜持=誇り」を,日本国は欠いている。アメリカに対する「卑屈で服従的な小国的態度」と,そのほか諸国に対する「狭窄的視野で驕慢的な対応」ばかりめだつ,そういう国,日本。それでは,この地球の上に存立する諸国家とくに,近隣のアジアから尊敬をえて,今後における国家間の善隣‐友好関係を構築することはむずかしい。2002年に日中国交30周年を迎えたが,この節目の年はなにを意味しているか,一考の価値がある。


 ●5
「平和憲法がもつ本当の意義」

 日本国憲法第9条の根本精神は元来,アメリカが自国の都合〔敗戦後当初の日本統治方針〕があったとはいえ,敗戦直後の日本に対して押しつけるかたちで設置してくれた「理想的な平和憲法の〈核心〉」である。「平和憲法」の真の意義はまさに,いまのような時機にこそ,最大限に活用されるべきものではないか。いうまでもなく,その根本精神を教えてくれた国こそ,「アメリカ合衆国」である。いまでは反面教師に堕落したアメリカさんに,その平和憲法の存在意義を,とくと教えてあげるべき時期である。


 ●6
「平和的な国際貢献の道」

 この国が本来もっている実力〔軍事力ではなく,第1に経済力,第2政治力(NPOもふくむ),第3文化力などのこと〕を主体的に発揮させ,アメリカの向こうを張るぐらいの気概をもって,世界平和のために外交手腕を発揮する覚悟はないのか。鉄砲を担いだ兵隊やミサイルを積んだ軍艦を繰りだすことだけが,国際貢献としてやるべきことではない。


 ●7
「これまでにおける日本の関与はおおきい」

 1991年1月17日,イラクに対する攻撃で開始された湾岸戦争で日本は 130億ドル,日本国民1人当たり1万3千円,4人家族で5万円以上,全戦費の2割もの負担をした。だが,日本の評価はひどく悪く,アメリカ議会は「ペーパー・アライ(paper  ally)」と呼んだ。アメリカ議会には,湾岸戦争への貢献度の低い国からの輸入品には課徴金をかけるという「貢献不足制裁法案」まで提出された。


 きわめつけは,クウェートがアメリカの有力新聞に掲載した感謝広告である。国名を挙げた30か国のなかには,日本が入っていなかった。これは,日本の姿勢へのあてこすりかもしれない。
湾岸戦争では日本も敗戦国といわれたが,130億ドルの拠出と在日米軍基地の提供を直視すれば,日本は湾岸戦争の最大の貢献国である。それなのに“too little, too late”だったと,アメリカにいいようにこき下ろされていた。


 しかし,湾岸戦争後に「掃海作業に従事した自衛艦(掃海艇)の貢献」に対する現地の人々の感謝は,たいへんなものだったという。それにしても,直接目に映らない経済的な貢献は故意に評価せず,その逆のはでな軍事的な貢献のみ評価するというやりかたは,いちじるしく均衡・公正を欠くものである。


 「湾岸戦争」に対する日本の〔主にアメリカに対する〕貢献は,日本国民‐住民の多額な〈
税〉を都合し,同時に〈日本国内の米軍基地〉を存分使用させた点にある。くりかえしていえば日本は,アメリカ多国籍軍の戦費を調達しただけでなく,アメリカに日本にある軍事基地も無条件で提供したのである。つまり,湾岸戦争の作戦遂行のために日本は,全面的に協力,支援したのである。したがって,日本の貢献はむしろ,“too big, so much ! ”だったといってよい。それゆえ,日本がこれほどコケにされる筋合いは寸毫もないのである。


 ●8
「真のエコノミック・アニマルは,アメリカ」

 にもかかわらず,アメリカやクウェートは,日本の圧倒的で多大な貢献〔日本の国土じたいも提供していた〕を,ろくに評価も感謝もせず,ずいぶんないがしろにした。それとは対照的に,当の日本国民〔と住民〕のほうときたらまるで,返済期限を超過した借金をようやく貸主に返せたかのように「恐れ入っている」だけだった。


 日本はなぜ,世界に向かってきちんと自国の貢献を情報発信し,そうした理不尽・不当性に真っ向より反撥‐反論することをしなかったのか。とくに気になるのは,
国家軍事力の運用方面に関する「主権在民」=市民的な問題意識が,皆目みいだせないことである。こうだから,日本国および日本国民〔住民〕は,世界中の国々‐人々から舐められてしまうのである。


 なんどもいおう。われわれが
「汗水流して働き・稼いで支払った〔納税した〕税金」のなかから《非常な高額》を,アメリカ中心の多国籍軍に「軍事費」として提供した。それなのにその後も,アメリカやクウェートは「端金をうけとった」かのような態度をとり,感謝の気持すらしめしていない。そもそも,湾岸戦争関係国のみせたそのような軽視・驕慢・傲岸不遜に「怒らないこの国の人々の神経」が,どうかしているのである。


 かつて,日本が経済大国にのしあがったころの日本人は,妬みもこめて「エコノミック・アニマル」と指称された。アメリカやクウェートは,この経済的動物〔と過去に呼ばれた国・人々〕の「稼いだ金」を軍資金に巻きあげて当然だ,とでも考えたのか。こうなると,いったい,どちらが本当のエコノミック・アニマルというべきか。


 ●9
「ジャパニーズ マスト リメンバー オキナワ!」

 こういうことである。日本は「平和憲法をもつ国としての理念や立場」にふさわしい「軍事的対応」かどうか疑念が大いにあったものの,湾岸戦争が開始されてから,アメリカの子分格の国として絶対不可欠の経済的貢献をおこない,合わせてものすごい軍事協力をしたのである。


 第1に,アメリカ国:軍の
スポンサーとなって,巨額の〈軍資金〉を供出し,非常なる貢献をした。なぜなら,その戦争に必要な「経費=軍事費」のうち2割も負担したからである。つまり,あの湾岸戦争のとき「全戦費の2割もの負担」をした日本は,大げさではなく,アメリカに対して〈相当に多大な貢献〉をした。


 第2に,アメリカ軍の兵士・艦船・航空機のイラクへの出動‐出撃は,「在日米軍基地」とりわけ,「オキナワの基地」の存在なくしてとうてい不可能だった。こうした事実をよく記憶しておかねばなるまい。


 
その意味で日本はわれわれの目には直接みえにくかったが湾岸戦争において,アメリカに対してとてつもないおおきな関与:「①〈経済面での不可欠の援助〉と②〈兵站面での最大限の協力〉」をおこなった。


 ●10
「評価されない日本の事情:戦争責任からの逃避」

 なかんずく日本は,1991年1月の湾岸戦争に対する「日本の並々ならぬ貢献」を,世界にむけてしっかり宣伝‐弘報活動してこなかった。いいかえれば,この国の存在意義を,世界各国に向かって十分に理解・認識させるための国家戦略が,完璧といっていいほど欠落していた。問題の焦点は,そうした日本の国家戦略のありかた,換言するならその全面的な欠如にみいだせる。


 ただ,日本がわにおいてそうした対世界戦略の手落ち状態がつづくにもかかわらず小泉純一郎は,
戦争神社(war  [military]  shrine)への参拝行為だけは,自分の意欲・嗜好に忠実におこなってきた〔→むろん自民党および自民党支持者を意識してのことでもあるが〕。しかし,それを,日本の政府代表者がおこなう宣伝‐弘報活動として評価するとしたら,逆効果も甚だしいこというまでもない。現に,近隣の東アジア諸国〔韓国・朝鮮,中国の反撥は,とくにはげしく,深刻である。これには,それ相応の歴史的事由がある。


 湾岸戦争における「日本国の膨大な貢献ぶり」を,ありのまま前面に出して評価してもらえない裏事情は,この日本という国の平和憲法「第9条的足かせ」にだけでなく,半世紀以上も以前に終結した「戦争の責任」問題や,その「戦後処理の問題」を,いい加減に流して済ませてきたところにも淵源する。日本の首相が「靖国神社に公式参拝」にいく‐いかないという論点の議論は,それからでよいはずである。日本では最近再び,戦没者用の慰霊施設を新しく創設することが議論されている。


 以上,アメリカを主とする多国籍軍のイラク攻撃=湾岸戦争の全体像に関する筆者の評価・判断は,ひとまず棚に上げて,日本の軍事大国的側面にかかわる問題契機についてのみ,論評をくわえてきた。誤解のないようにとくに,その点を断わっておきたい。




 日本国憲法の意義をみいだし活かす時期



 --ここでもう一度,山内敏弘編『有事法制を検証する』(法律文化社,2002年)にもどる。本書,第Ⅲ部「有事法制によらない平和保障」第14章「9・11事件以後の世界と平和憲法の役割」に聞こう。


 ◆1
「自衛権は攻撃権か?」

 アフガニスタンを実効支配していたタリバン政権に対して,オサマ・ラディンの引きわたしを要求したアメリカは,それがうけいれられないとみるや,タリバン政権に対して「自衛権」の名のもとに武力攻撃をおこなった。アメリカのこのような行動は,従来の国際法の「自衛権」の考えかたからすれば容認しがたいものである(237頁)


 小泉首相はその後,先述のように「旗をみせろ
(Show the flag ! )」〔アーミテージ米国務副長官のことば〕というアメリカのいいなりになって,自衛隊を米軍に協力させる法律:「テロ対策特別措置法」をすぐ成立させた。そして,「これで国際社会に堂々と仲間入りできる」と胸を張った。だが,このテロ対策特別措置法の憲法上の根拠は,「答弁に窮してしまう」とか「憲法前文と9条との間にはすきまがある」などと述べて,その欠如を露呈した。


 そして,まだ成立にはいたっていないが例の「有事関連法案」は,「有事法制の制定をふくむ日米防衛協力のための指針の勤勉な履行」を求めた「アーミテージ報告(2000年10月)」を踏まえたものである。つまり,これらの法案は,憲法の平和主義のみならず,
議会制民主主義や地方自治,さらには基本的人権をも脅かす危険性をはらんでいる。日本においても,立憲主義は危機的な状態におちいっている(240頁)


 ◆2
「ダブル・スタンダード〔二重基準:二枚舌〕」

 9・11事件に即していえば,そもそもオサマ・ラディンが首謀者であるかどうかも必ずしも明確ではない。仮りに,アフガニスタンのタリバン政権が彼を匿ったとしても,そのことを理由として安保理事会が,タリバン政権に対する武力行使を憲章第7章にもとづいておこなうことは,適切ではない。


 これまで安保理事会は,イスラエルのパレスチナ地域の不法占拠に対して撤退要請決議をおこなってきたにもかかわらず,イスラエルはそれを無視してきた。このことに対して,安保理事会は武力行使に訴えることをしてこなかった。とすれば,テロ犯人を匿った国家に対する安保理事会による軍事的強制行動については,ダブル・スタンダード〔二重基準:二枚舌〕をつかうことは許されない
(242-243頁)


 さらに,核大国がみずからの核保有については不問にしつつ,他国の核保有については禁止‐規制しようとする「矛盾した論理」(核拡散防止条約の論理)は,国際社会ではいつまでも通用することはありえない。諸外国は,2002年5月31日に突如飛びだした
「福田康夫内閣官房長官の〈核兵器保有容認‐非核3原則否認〉発言〔2002年5月31日〕」を,警戒の念をもって観察している(247頁,248頁)


 ◆3
「国際社会を19世紀の時代まで引きもどす危険性」

 結局,日本政府が9・11事件以後おこなったテロ対策特別措置法や有事関連法案の国会提案は,国際社会の緊張を緩和させるものではなく,むしろ国際社会における「暴力の連鎖」の一翼をにない,国際的な緊張を強める役割をはたしている。それは,国内的にも憲法の基本原則を脅かす重大な危険性をはらんでいる(251頁)


 「反テロ戦争」が2度の世界戦争の悲惨な体験を経て確立した国際法秩序を否認して,国際社会を19世紀の時代まで引きもどすのみならず,その本来の目的ともいうべき「自由で開かれた民主社会」をも自己否定しかねないことを踏まえれば,「
反テロ戦争」の立場に与することはできない(244頁)


 ◆4
「日本国憲法の積極的役割」

 「文明間の対話」や「構造的暴力」の国際的な解消をめざす日本国憲法の立場は,9・11事件以後の世界においてテロを防止するうえで,十分に積極的な意味をもちうると思われる。日本国憲法の基本的視点に立って,いっさいのテロを否認するとともに,テロの根元のひとつになっている「構造的暴力の解消」に向けて,地味で辛抱強い努力をつづけていく以外に選択の道はなく,また,そのような平和憲法の立場を内外に積極的に広めていくことは,まさに今日的な意義を有するものと思われる(243頁,244頁)


 
「憲法9条の理念はけっして日本だけで語られているものではない」。いずれにせよ,完全軍縮が今後とも国際社会の課題でありつづけるとすれば,日本国憲法の非武装平和主義は,21世紀の国際社会において「導きの星」としての積極的な役割をはたすことが期待できる(246頁,251頁)


 ◆5
「市民の努力が必要な平和主義」

 有事=戦争の備えをするのではなく,平和のための備えをすることこそが,いま求められている。戦争放棄‐戦力不保持‐平和的生存権を規範内容とする日本国憲法の平和主義は,このような国際社会において,ますます存在意義をもちうるものと思われる。それを積極的に活用していくかどうかは,ひとえに私たち市民の「不断の努力」にかかっている(252頁)

 



 民主主義の真価が問われる日本



 ■1
「硬直した日本の世論」

 以上に関して,最近の情勢のなかで緊急の問題である「アメリカによるイラク攻撃の可能性」や「北朝鮮拉致問題」をめぐって,いくつかの意見を聞きながら,さらに議論をすすめてみたい。2002年11月下旬より,イラクの大量破壊兵器を捜索する国連査察団がその任務を遂行しはじめ,また北朝鮮との国交正常化交渉は日本側の対応をうけて停滞を余儀なくされた。この2問題をとおして議論したい。


 
① 主  婦(54歳)……「イラクの姑息な態度も我慢できないが,米国の態度にひたすらしたがって戦争に加担し,地球の未来や子どもたちの将来を焼け焦げた世界でおおわないでほしい」(『朝日新聞』2002年11月26日朝刊「声」)


 
② 無職女性(50歳)……北朝鮮拉致問題の推移に関して,こういう。「過去と向き合い加害者として責任はとり,被害者として敢然と抗議し,国際的に孤立している国を仲間入りさせる,そんな外交を私は望みます」(同上)


 
③ 沖縄県の女子大学生(22歳)……「〈日本はすばらしい国だ〉という一種のうぬぼれを,最近の論議の裏に感じる。そして一方で〈日本国民は一致する〉ことを押しつけてくる。それに水を差す他者の目を提供したからこそ,雑誌『週刊金曜日』第436号2002年11月15日の記事「日朝問題『早くお母さんに会いたい』-曽我ひとみさんの家族に単独会見」は叩かれたような気がする。私としては「金曜日」のような報道姿勢がもっと必要だと思う」(『朝日新聞』2002年11月25日朝刊「声」。文章内容を若干補足した)


 この3人の女性たちが,自衛艦の派遣や北朝鮮拉致問題に関して指摘するのは,アメリカにせよ日本にせよ「世論」が極端なまで硬直しており,批判的な見解を容易にうけつけなくなった事実である。すなわち,この社会において民主主義の利点が生かせなくなる危惧である。
③の沖縄県の女子大学生は,沖縄県人としての問題意識を強く感じさせる意見である。


 ■2
「対テロ戦争を応援する日本経済新聞」

 日本の自衛隊は依然,インド洋に海上自衛隊の艦艇を派遣しつづけ,アメリカの助っ人部隊の役割をはたしている。最近では,護衛艦「はるさめ」(基準排水量4550トン)と補給艦「ときわ」(同8150トン)が,現在インド洋で活躍中の護衛艦など2隻と交代するため,神奈川県横須賀市の海上自衛隊横須賀基地を出港している(『朝日新聞』2002年11月25日夕刊)。さらに,そのつぎの交代用の軍艦としてこんどは,イージス艦を1隻派遣するというのである。


 --
『日本経済新聞』の論調はすでに言及したごとく,自衛隊派遣を「イケイケドンドン」の調子で煽り立て懸命に尻押しするものであった。同紙は,アメリカ〔軍〕を全面的に応援する旗幟を揚げている。日本もアメリカの驥尾に付して〔?〕,イラクや北朝鮮との戦争をおっぱじめれば,沈滞気味の日本産業界に活況がもたらされるかもしれない,というふうに思いこんでいる節さえある。さすが「日本財界新聞」というか「日本政府新聞」である。こうなると「社会の木鐸」といっても,ほとんどイエロー・ジャーナリズム〔大衆うけする記事を煽動的に報道する〈編集‐営業方針〉の報道機関〕である。だからか,こうも主張する。


 
「テロとの戦い」の後方支援には日本も,インド洋に海上自衛隊の艦船を出している。そこで不可解でならないのは,情報収集や防空能力に優れるイージス艦の投入に否定的な意見が与党内にもあることだ。それでだれが得をするのか。まさかテロリストの機嫌をうかがっているのでは(『日本経済新聞』2002年11月30日「春秋」)


 しかし,加藤周一はこう反論する。「米国とイラクとの間では,力の非対称性が極端である。したがって,イラクが米国を脅かす可能性はなく,米国がイラク征伐をおこなう可能性だけがある。その非対称性を強化するために
日本国がすべきことはなにもない。イラク征伐の事業には参加しないでもらいたい」と(『朝日新聞』2002年11月26日,加藤周一「夕陽妄語」)


 「日経新聞の法人的見解」と「加藤周一の個人的見解」とを比較するに,いったいどちらが事態を「より冷静で客観的に」,かつまともに観察している,と判断されるべきか? 日本は,アメリカ軍による「テロとの戦い」にも「イラク征伐」にも無条件で,軍事的協力を惜しまない姿勢をしめすにいたった。だが,こうした「強大国の権柄づくの無視強い」に「唯々諾々と盲従する」日本政府のありかたを,単純に是認してやまない日経新聞の論説委員たちの思考回路=単細胞的無教養は,民主主義国日本の代表的なマスコミ機関としてふさわしくない
「不可解なもの」である。


 ■3
「国際情勢を冷静にみない日本経済新聞」 

 イラクから原油を輸入しているインドのバジパイ首相は,11月21日の演説で,米英の名指しは避けながらも「どの国民も自国の運命や指導者を自分で決める権利があり,自分の考えを他国に強制することはできない」と指摘し,米英軍のイラク攻撃に反対する姿勢をしめした。一方で「イラクが武器を人道的脅威としてつかうなら放棄させるべきだ」とも述べた(『朝日新聞』2002年11月28日朝刊)


 インドは,国内に1億人以上のイスラム教徒をかかえた国である。アメリカがいい気になって,イラク「征伐」やイスラム原理派アルカイダの徹底的「討伐」などをやってくれたら,迷惑千万なのである。日本とて,原油輸入‐備蓄の面で対処を必要にしている。インド首相の反対意見は
当然の理屈であり,正当な批判をアメリカに放っている。それにくらべて,「自国の主体性」などどこかへ吹っ飛んでしまったような「アメリカ追随の国=日本の姿勢」は,まことに見苦しいかぎりである。


 日本経済新聞「論説委員」たちに聞きたい。日本が軍事面においてひたすらアメリカに全面協力することは,この国にとって
どのような利益・利点があるのか,と。いわゆる国益の問題となる。ところが,日本「経済」新聞の製作者たちは,その肝心な論点に関する的確な解説を用意できていない。ともかく「インド洋にイージス艦も派遣せよ!」とのたまうだけなのである。その程度の意見披露なら,チマタに掃いて捨てるほどいる〈国士〉あるいは〈憂国の士〉を気どる人々に任しておけばよいのではないか。


 再度いわせてもらう。日本はイージス艦4隻をアメリカから購入した〔正確にはイージス艦とよぶべき〈中核装備の部分〉を買わされ,本体部分は日本で建造した〕が,この軍艦4杯はアメリカの軍事作戦に当てるため,わざわざ大枚はたいて製造‐調達したのか?


 この不景気の世の中で,なんという「経済的な非効率・むだ遣い」! 今回のような運用・展開をするための軍艦であるならば,軍事大国アメリカがもともと保有しておくべき軍艦ではなかったか? アメリカはイージス艦を60隻も配備しているのだから,あと4~5隻くらい保有していてもたいした負担になるまいに……。


 ■4
1930年代に似た匂い

 小泉純一郎自民党政権の本質を考えよう。そもそも,みずからが属する政党を否定することでなりたっている《矛盾に満ちた政権》である。首相のやっていることは,政党を衰弱させ,議院内閣制の否定につながるという指摘は,けっして的外れではあるまい。


 政党離れ‐政治不信にポピュリズム(大衆迎合主義)がめだつ。
どこかいまと似たような匂いがする時代がある。それは,短かった政党内閣の時代が終わり,与党も野党もなくなった近衛新体制になだれこんでいった1930年代から40年代にかけてである(『日本経済新聞』2002年12月1日,日経政治部長芹沢洋一「今を読み解く-政党政治 忍び寄る危機,1930年代と似た匂い-」)


 小林ただし『日本人を叱る』(勉誠出版,2002年9月)も,芹沢洋一と同じ危惧を指摘する。こういう。今日,目にする光景は,日本ファシズムの出発点となった昭和初期と,あまりにも酷似している。司馬遼太郎は,
昭和10年から20年〔1935年から1945年〕までの10年間こそ,日本という国が神から完全にみはなされた超暗黒時代,「魔の10年」だったと定義する(同書,242頁)


 ちなみに,「満洲事変」は1931年9月18日,日中戦争は1937年7月7日,太平洋〔大東亜〕戦争は1941年12月8日にそれぞれ開始されていた。


   小泉政権の
経済財政政策担当大臣竹中平蔵を盛んに批判する論客の経済学者金子  勝は,日本の現状をこう憂いている。


 昭和恐慌に突っこんだのち,1931年には満州事変,1937年には日中戦争が本格化した。有事法制の整備をすすめる小泉首相は,
浜口雄幸近衛文麿の1人2役を演じようというのであろうか。

   たしかに,戦後の日本は「失われた10年」とよばれるほどに長い不況を一度も経験したことがなかった。しかし,気づいてみれば,戦前とほとんど同じ政策をとることしかできなくなっている。

   もし,昭和恐慌とのアナロジーをさらに押しすすめれば,政党政治が無意味になる時代がやってくることになる。政治もまた「失われた10年」だったのだ。
 

   金子  勝『長期停滞』筑摩書房,2002年,64頁。


 まさしくいま,
芹沢洋一小林ただしの指摘する《時代の危機》を創出しつつあるのが,ほかの誰でもない日本の宰相「小泉純一郎」であり,さらには,この首相に対する「〈抵抗勢力〉もふくめた自民党など与党,ならびに国家官僚たち」なのである。「傾国の世襲〔2世‐3世〕政治家たち」,そして我利私欲しか眼中にないこの国の「高級官僚たち」は,この日本という列島を破滅の深淵にみちびく手引き者=〈名手〉なのである。


 一般大衆‐巷の庶民は,日本政治社会のそうした実相・動向を的確,冷静に観察できず,さらに批判,剔抉することさえできないほど疲労困憊,意気消沈している。
《時代の危機》の真っ最中のなかで,現状のごとき体たらく:「自民党中心の保守政権」を交替させえない「日本の民主主義」は,根源よりその真価を問われているのである。


 
日本経済新聞内部の見解不統一--ところで,先述■2に参照した「日本経済新聞の論説(社説など)」の立場は,海上自衛隊のイージス艦をインド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾に派遣することに大賛成していた。だとすると,その論説(など)にみられる「同紙の代表的見解」は,前段のような■4政治部長」の時代感覚=「危機意識」,つまり,現政権の諸政策がこの国の〈政党政治を衰弱させ,議院内閣制の否定につながる〉と危惧した見解とは,根本的に相矛盾する。


 いいかえれば,


 ■4 日経の政治部長」は,真正面より小泉政権の政局運営:「イージス艦派遣(など)」を批判していた


 だが,それに対して,


 
■2 日経論説(など)」は,この首相による自衛隊艦艇の運用‐展開を積極的に支持していた


 これは,敗戦後半世紀以上経過した「民主主義国:日本」の存在根幹にかかわる重大論点である。それだけに,新聞社全体としてはどちらの見解が本当はより代表的なものなのか,その統一性に関して根本的な疑念を指摘しておかねばならない。


 そういうことだと日本経済新聞は,昨今における日本の政治の認識に関して,社内の
「見解不統一」をかかえていることになる。それとも同紙は,それほど幅のある〔正反対の〕見解を包容できる社風を伝統とする言論機関であった〔?〕のか。とはいえ,これはあくまで好意的な読みこみであって,日経を褒めてするものではない。


 
「社会の木鐸」としての日本経済新聞の真価は,いずれ闡明される時期を迎えるだろう。だが,さしせまっているこの日本の危機:「政党政治・議院内閣制の溶解現象」を座視するような,あるいはまた,それに手を貸すような報道機関の姿勢・思想は,手遅れとならないうちに,第三者がきびしく批判しておく余地がある。


 日本経済新聞はまさか,小泉総理総裁が名づけたところの「自民党内
抵抗勢力」を支持する新聞社ではないと思うが,そのように勘ぐられる文脈がある。もっとも,芹川政治部長の見解を聞く範囲内では,日本経済新聞は「日本財界新聞」でも「日本政府新聞(政府弘報紙)」でもない,すなわち「日本国民市民〕新聞」と称せることもなくはない。


 ■5
「生臭い言動の絶えない石原慎太郎老人」 

 さて,本当は腹の底で一般大衆〔ミーハー的人々〕を徹底的に小馬鹿にしている「煽動的ポピュラリスト:石原慎太郎」都知事は,『老いてこそ人生』(幻冬舎,2002年6月)などという題名を付けた図書を公刊したりして,「年寄りの冷や水」に懲りずいまなお,政治的関心に「色気」をみせつづけている。


 『日本経済新聞』2002年12月11日は,こう報じていた。「石原都知事-植えた政策の苗,実まで見届ける-再選出馬,前向きな姿勢」と。この人はまた,「多選は好ましくないと思うが,再選は多選とはいえない」ともいった。もっとも,「知事職の
定年問題」には触れずじまい。自分にとって都合のいいことだけしかいわず,すこしでもまずいことなど絶対触れないのが,この人のいつもの手である。


 石原都知事は最近,日本は,北朝鮮による日本人拉致問題〔2002年10月15日以降〕を一気に解決するためなら「北朝鮮を攻撃せよ!」と吼えていた。1994年5~6月「北朝鮮核開発疑惑」のとき,いきり立って北朝鮮を攻撃しようとしたアメリカ合衆国〔大統領〕を必死で制止したのは,当時の韓国の大統領金 泳三であった。この事実はすでに言及したが,比較考量の材料にする意味で,再び指摘してみた。


 --北朝鮮のその「核疑惑」のさいアメリカは,1991年の湾岸戦争のときイラクを爆撃したように,北朝鮮の核疑惑箇所をピンポイント爆撃しようとした。だが,日本の戦争協力体制が十分でないために実行できなかった。だから,その後アメリカは,1500項目にもわたって日本がアメリカ軍に協力すべき項目を挙げて,ガイドラインの改定とその立法化を求めたのである
(伊藤成彦『物語日本国憲法第九条』影書房,2001年,253頁)


 
 5-1「戦争体制整備法(案)」 日本は結局,アメリカのいいなりであって,日本列島およびその周辺の島々をアメリカ軍の「浮沈空母」(中曽根康弘の表現)として提供するための法律を,着々と整備してきた。そのとっかかりは,a)周辺事態法(周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律)」1999年5月28日)だったし,仕上げに用意されているのが,b)有事法制関連3法案(「武力攻撃事態法案・安全保障会議設置法改正案・自衛隊法改正案」)なのである。

  
 
 5-2「アメリカの家来:日本」 この日本社会は,戦後民主主義の定着‐土着化‐本格化,いいかえれば「〈新〉日本国憲法」〔もしくは普遍的な意味合いでの近代民主主義〕の精神と普及においては,なお遠い道のりを歩まねばならないのか。過去の愚挙,歴史的な大失敗,すなわち,アジア侵略路線を推しすすめ戦争を拡大させたあげく,ついにはアメリカ合衆国との戦争も惹起しこれに大敗したことを忘れている。そればかりでなくこんどは,かつて大敗北した相手がいまや,地球上で突出した一国的軍事帝国となったのに応じてその家来になり,頥使されるのさえいとわない「あられもない」姿を露出している。

  
 
 5-3「アメリカの軍事的植民地:日本」 ドイツのばあい,かつてドイツに侵略されたフランス‐オランダ‐ベルギーなどがドイツの再軍備を警戒したために,結局 NATO という枠のなかでの再軍備となり,この構造はいまでもつづいている。日本のばあい,かつて日本が侵略した諸国をアメリカが反共戦略によって抑えこみ,日本をアメリカ1国の支配下において占領を安保条約として継続させたために,ドイツではみられないような植民地的関係がつづいている(伊藤『物語日本国憲法第九条』188-189頁)

 
 ■6
「そのあとにおける日本の運命」

 米豪の比較文化・文化多元主義の研究者の,越智道雄『21世紀のアメリカ文明-文化戦争と高度管理社会-』(明石書店,2002年10月)は,イスラムの一部から突出するテロリズムを,以下のように説明する。


 
 6-1「悪の枢軸の聖書的文脈」 このテロリズムは,アメリカを中心とする多国籍企業によるグローバリズムへの絶望的反撃である。だが,アメリカ国民の大半には,それもピンとこない。終末思想の文脈に,かつての「日‐独‐伊という枢軸」を連結すれば,話が早い。ブッシュは,ウサマ・ビン・ラーディンらをイスラム主流から切りはなす正しい戦略を用いたものの,彼らとの戦いではキリスト教的文脈でしか国民に説明できず,結局はイスラムへの警戒心を煽る悪循環におちいった

 
 
 6-2「枢軸の委任統治領化案」 「中枢テロ」は,高度管理社会との戦いに「文化戦争」が交叉した〈複雑な戦い〉である。これまで主に,アメリカ国内の問題だった「文化戦争」に,〈海外からの参入〉という新機軸がくわわった。海外からのテロに対してアメリカやイギリスは,それぞれの高度管理社会の軍事および警察機能を全力回転させ,応戦する構えである。だが,これらの国々は,高度管理社会機能の先端部分において,戦略と制度の両面からアロガンス(独善・尊大・傲岸・驕慢)を噴出させている。


 
 6-3「ならず者国家が消えたあとの日本の運命」 イラクのサダム・フセインを倒せば,まつろわぬ国々は中国と朝鮮とイランくらいで,いよいよ日本が再び俎上にとり上げられはじめるかもしれない。みかたによっては,「あつかいがたい準州」〔日本!〕ほど憎たらしいものはないからである。私たちの世界でも,すべての人々から嫌われている者が存在しているかぎり,私たちは結束するが,彼もしくは彼女が去ると,たちまち結束は乱れる。「ならずもの国家」が消えたとき,私たちは対米関係のみならず,すべての国々との関係において,本当の地獄と向きあうことになるだろう(同書,196-197頁,253頁,254頁)


 ■7
「米英両国のアロガンスな態度」

 近いうちイラクを攻撃するかもしれないアメリカ軍に積極的に協力するのは,兄弟国の間柄にあるイギリスの軍隊だけである。1991年湾岸戦争のときは,アメリカ軍中心とはいえ,国連を足場に多国籍軍を編制し動員できた。だが,今回は,フランスやドイツは距離をおき,警戒的,懐疑的な態度である。そうしたなかで日本のみ,アメリカの意向・指示に唯々諾々追従する。卑屈な姿である。アメリカにとって,これほど御しやすい国は,ほかにみあたらない。敗戦後におけるマッカーサーの12歳児:日本国に対する〈しつけ:教育〉は,ここまでかと呆れるほどみごとに〈盲目的な成果〉を生んできた。→具体例,小泉純一郎日本国総理大臣のアメリカへの優等生的な服従の態度。

 
 しかし,この日本も資本主義国としてすでに壮年期を越え,いい加減ものがわからねばならない年齢になった。今後においていつか,アメリカの規定する「イラク‐イラン‐北朝鮮:〈悪の枢軸〉」問題が,いちおう,処理される〔しかし解決ではない〕段階を迎えたとしよう。そのあとにつづく「東アジア各国の政治情勢」推移のなかで,
a)アメリカと「中国との関係問題」,b)統一されたばあいの「韓国‐朝鮮の登場」などは,事後においてアメリカが展開しようとする「世界戦略の意図・潜在的利害」に鑑みて,国際政治上非常に困難な局面を醸成すかかもしれない要因となろう。

 
 筆者は,
アメリカのイラク攻撃が実行されるとしたら,湾岸戦争の事例を参考して考えるに恐らく,2003年1月中旬当たりと予想する。この点は,アメリカ海軍艦艇の動きも配慮に入れれば理解しやすくなる。アメリカは,イラクを戦争の構図に引きこみ軍事的に叩くことで「中近東地域全体に有する経済的利害」を隠蔽しつつも,さらに,自国に有利な政治的環境づくりを狙っている。アメリカ一国帝国主義の遠謀深慮は,むき出しのアロガンス(独善・尊大・傲岸・驕慢)の衣装の下に用心深く隠されている。


 
対イラク攻撃 開始は2003年2月初旬と予測
 


 2002年12月25日付のイスラエル各紙によると,イスラエル軍のファルカシュ情報部長は12月24日の国会外交国防委員会で,米軍の対イラク攻撃は2003年2月初旬になると予測していることを明らかにした。

 同情報部長は,米軍の攻撃開始前にイラクがイスラエルに対して生物化学兵器による先制攻撃をかける可能性はちいさいとの認識をしめした。

 その理由として情報部長は「これまでの主張に反して,生物化学兵器を保持していることが明らかになってしまうからだ」と述べた。

 さらに1991年の湾岸戦争当時にくらべイラク当局者がイスラエルを非難する発言は少ないと指摘した。(共同)

   http://www.sankei.co.jp/news/021225/1225kok104.htm


 ■8
「戦争によって自国の経済的利害を追求するアメリカ」

 もっとも極端な「国益」追求は戦争である。もっとも極端な事実の封印もまた,戦争である。事実をしらされずして,人間が幸福になることはない。国家に秘密が多くなるぶんだけ,人びとの自由の領域は狭められる。戦争はその極限である(鎌田 慧『反骨のジャーナリスト』岩波書店,2002年10月,はじめに-ペンは眠らない-ⅲ頁)

 
 政治‐外交の延長でもある戦争というそのドラの音を,世界中に向けてやかましく叩きまわっているアメリカ,そしてその最高指導者のブッシュ大統領は,いままさに戦争をおこなおうとしている。

  
 
「軍隊こそ,自由の最大の敵対物」(鎌田,前掲書,86頁)である。

  
 戦争遂行の裏舞台には,アメリカ経済‐産業界の基本的利害・欲望が透視できる。また,「悪の枢軸国」の1国と名指しされた北朝鮮は,現在なお,アメリカ‐韓国とは休戦状態にあることを想起しておきたい。

 
 ■9
イケイケドンドンでよいのか?」

 結局,日本政府‐防衛庁高官は最近,「カネは出しても,人は出さない」といっていた1991年の湾岸戦争当時とは様変わりし,イージス艦の派遣決定で長年の〈抑制〉のタガが,一気にはずれたかのようである(『朝日新聞』2002年12月12日朝刊)。そのタガがはずれかかった「このごろの日本政治‐社会の実相」は,戦前体制:「1930年代から40年代にかけて」に似てきたと,先述のように警告されている。


 「冷房の効いている〔居住性のいい〕イージス艦をインド洋に派遣するのはよいことだ」とか,逆に「朝鮮半島の情勢が危ういときに日本近海をはなれてイージス艦がインド洋までいっていいのか」とかいわれている。だが,どちらも憲法の平和原則をどう生かすかなどという議論はどこへやら,ブッシュ米大統領の,
さあ戦争だという雰囲気にいつのまにか染まっている。「染まりやすいなあ,この日本は……」(『朝日新聞』2002年12月10日朝刊,早野 透「ポリティカ にっぽん」)


 日本防衛庁の海上自衛隊は,イージス艦を4隻保有している。そのうち1隻をインド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾に派遣するのに,この〈
大騒ぎ→はしゃぎよう〉である。ふだん,このイージス艦はどのような任務に就いているのか。以前,北朝鮮がテポドンというミサイルの発射実験を太平洋に向けておこなったさい,イージス艦は当然その軌跡をすぐ捕捉したが,テポドンが発射されたのをいち早く捕捉していたのは米軍当局であった。


 いったい,なんのためのイージス艦? やはり,アメリカさんの「
イザ鎌倉! というとき」のために,日本が保有し配置する軍艦だったのか?


 ■10「かくして,イージス艦
きりしまは征く」

 2002年12月16日午前9時前,「イージス艦」きりしまは,海上自衛隊横須賀基地を出港した。このイージス艦は,近々にイラク攻撃を予定している〈アメリカ軍の助っ人〉として,いいかえれば,インド洋‐アラビア海‐ペルシャ湾において〈軍事行動中のアメリカ海軍艦艇に対する補給任務〉を遂行している「日本海軍〔海上自衛隊〕の補給艦」を護衛するため,当該海域に向けて出港したのである。

            

 http://www.yomiuri.co.jp/04/20021216it03.htm(左)

 http://www.asahi.com/national/update/1216/005.htm(右)

           

  『毎日新聞』2002年12月16日夕刊(左)

  http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=main&NWID=2002121601000043(右)


 インド洋では現在,日本の海上自衛隊の補給艦2隻,護衛艦3隻が,米英の艦艇に燃料を補給する任務に就いている。 きりしまは,インド洋に到着後,護衛艦「ひえい」と交代し,司令部の役割も引きつぐ。派遣期間は長ければ4カ月のみとおしである。この間,米国によるイラク攻撃が始まる可能性があり,そのばあい,きりしまをふくめた海自艦艇の活動は,イラク攻撃への間接支援をになうかたちになる。

 高い情報収集能力をもつイージス艦の派遣は,米艦艇との情報共有につながり,憲法で禁じる集団的自衛権の行使に抵触する懸念から,自民党内からも慎重論が出た。このため,政府は昨年,一度は派遣を見送っていたが,「一般的な情報交換は問題ない」と派遣に踏みきった(毎日新聞2002年12月16日夕刊参照)

 

    

    http://www.sankei.co.jp/databox/ntc/infographics/infographics_6.html


 軍艦マーチを聞きたい方は,下記のウェッブ・ページヘ(エレクトーンなどの演奏で全体をとおして約2分20秒演奏)

 
     http://sendai.cool.ne.jp/ultramanjack/kongo.html

 


  2002年11月24・25・26・27・28日,12月1・8・10・15・17・26日,ほか,記述